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(情報掲載日:2016年11月10日)

いまを勝ち抜く人間力

戦国武将たちに学ぶ

vol.58

映画やドラマでもよく描かれる戦国時代は、権力争いや情勢の変化が激しい時代でした。自分の国を守るため、武将たちはしっかりした信念や思想を持ちながら生き抜いてきたといえます。そんな武将たちが発した言葉の中から、今を生きる私たちの参考になったり、仕事のヒントになるものをご紹介します。

前に進むための考え方

●黒田 官兵衛、豊臣 秀吉に学ぶ「実行力」

黒田 官兵衛
「草履片々、木履片々(ぞうりかたがた、ぼくりかたがた)」

黒田 官兵衛は、豊臣 秀吉の名参謀として知られる人物です。この言葉は、息子の長政に伝えたものとして知られており、片足に草履、もう一方の足に下駄を履くといったチグハグな履き方になったとしても、すぐに駆け出すほどの思い切りが必要な瞬間がある、という意味です。頭でどうしようかと考えすぎて行動が遅れると、せっかくのチャンスを逃しかねません。人生の好機を逃さないよう、勇気を持って実行する大切さを伝えています。


豊臣 秀吉
「負けると思えば負ける、勝つと思えば勝つ。
 逆になろうと、人には勝つと言い聞かすべし」

最初から諦めてしまっては負けるのは当然で、状況に多少の不安な面があった場合でも「勝つ」と思い込んで臨むべき、という意味です。完璧な状況というのはそうあるものではなく、不安要素ばかりを気にしていては、知らず知らずのうちにマイナス作用が感情に及んでしまいます。「絶対に大丈夫」「必ずできる」と自分に言い聞かせ、言葉の持つ力を利用することで自己暗示をかけると、しばしばプラスの結果が引き寄せられるものです。


●織田 信長、鍋島 直茂に学ぶ「柔軟性」

織田 信長
「いつの時代も変わり者が世の中を変える。異端者を受け入れる器量が武将には必要」

織田 信長は当時の人から変わり者だと見られていましたが、そのような人こそが社会を変革していくし、そのような人を否定せずに迎え入れる寛容さを持つべきだ、という意味です。常識、一般論、ルール、決め事というものは、時代によって変わっていくものです。今は多くの人が信じている常識や正しいと思っているルールが、未来でも同じように信じられたり、通用するとは限りません。差異や違和感をすべて除外することなく、本質を見抜いて取り入れることが大切なのです。


鍋島 直茂
「寄り合いにくき人と寄り合いてみよ。必ず徳あるべし」

鍋島 直茂は、肥前佐賀藩の初代藩主です。豊臣 秀吉から高く評価され、主君に代わり実権を握りました。この言葉は、自分にとってとっつきにくそうな人や価値観が合わなそうな人はできるだけ避けたいと普通は思うものだが、あえて近づき接してみると、ためになることや好ましい結果が得られる、という意味です。苦手な人に対する意識が改善されて人づき合いの幅も広がり、自らの人間力を高めることにもつながります。


困難に立ち向かう考え方

●徳川 家康、武田 信玄に学ぶ「向き合う姿勢」

徳川 家康
「勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば其の害身に至る。
 人は負けることを知りて、人より勝れり」

徳川 家康は250年以上続く江戸幕府を築いた実績のいっぽう、幼少時に親元から離され人質となったり、手痛い敗戦などの数々の辛苦を経験しました。これは、そのような経験にもとづく言葉ともいえます。勝つことばかりで負けることを知らないといざ負けた時に立ち直ることができない。負けた経験があってこそ人は強くなれるし成功できる、という意味です。負けを身をもって知っていると、油断や自信過剰に陥ることなく、同じ失敗も繰り返しにくいため、失敗を重ねるほど成功に近づけるといえます。


武田 信玄
「自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。この心構えさえあれば、
 道の途中で挫折したり、身を滅ぼしたりするようなことは無いはずだ」

嫌なことや難しいことを後回しにすることなく取り組むと、よりたくましく成長できる、という意味です。人は難しいことはとりあえず回避して、やりやすいこと、やりたいことを優先したくなるものです。ところが、難しいことを避け続けていてもそこから逃れられるわけではありません。何かを成し遂げるための忍耐力やスキルを習得するタイミングを先延ばしにするだけです。率先して難しいことに向き合えば、自分の能力を早く磨きあげることができます。


●山中 鹿之助、島津 日新斎に学ぶ「忍耐力」

山中 鹿之助
「我に七難八苦を与えたまえ」

山中 鹿之助は、出雲地方(島根県)の武将です。主家の没落、貧困、流浪など逆境が続きながらも、主家への忠誠を貫いた生き方は、講談や明治時代の教科書に取り上げられました。これは、目の前に迫りくる苦難に敢然と立ち向かい、苦難によって自らを試す気概を持てば成長できる、という強い信念を表した言葉です。苦難が次々と襲いかかってきたとしても、諦めなければ人は何度でも挑戦することができます。自分の力を試せるからむしろ苦難を歓迎しよう、という気構えも込められています。


島津 日新斎
「下手ぞとて 我とゆるすな 稽古だに つもらばちりも やまとことのは」

島津 日新斎は、薩摩の聖君とも呼ばれ、家臣の教育のための47首からなる「日新公いろは歌」を作りました。これはその中のひとつで、自分は下手だからと見切って努力することを怠ってはならず、稽古を積めば少しずつ上達して上手になれる、という意味です。自分は下手だからといって苦手なことを避けていては何も進歩できません。日々の辛抱強い積み重ねがあれば、やがて不得意なこともそうではなくなり、いつか乗り越えることができるでしょう。


周囲と関わるにあたっての考え方

●小早川 隆景、藤堂 高虎に学ぶ「心構え」

小早川 隆景
「すぐにわかりましたという人間に、わかったためしがない」

小早川 隆景は、中国地方に広く勢力範囲を広げた武将として知られる毛利 元就の子として生まれたものの小早川家の養子となり、参謀役として毛利家を支えた知将です。この言葉は、すぐに人の意見に賛同する人には自分の意見がない。何度も聞き返す人こそが真の理解者である、という意味です。相手のことを真に考えるのであれば、相手を満足させるために同意したり、波風を立てないために否定しないのは、お互いのためになりません。自分の本当の気持ちや意見を示すことが信頼関係を深めます。


藤堂 高虎
「わが軍のいたらぬところを教えてください」

藤堂 高虎は、主君を何度も替えながら足軽から大名へとのぼりつめた武将です。これは、関ヶ原の戦いで捕えた敵将の石田 三成にかけた言葉で、自分は勝者であるにもかかわらず敗軍の将に丁重に接し教えを請うという、謙虚な姿勢の大切さを表しています。周囲にいた武将たちもこの態度を見て自分の傲慢さを反省したと言われています。どんな立場や境遇の人に対しても相手を敬う気持ちを忘れずに、礼節をもって関わりを持つことが、大出世につながった大きな要因なのかもしれません。


●真田 幸村、長宗我部 元親に学ぶ「自律心」

真田 幸村
「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか」

これは、関ヶ原の戦いの前に、莫大な報酬を提示されて東軍から誘いを受けた時、西軍に恩義がある真田家の長として発した言葉です。人から受けた恩義は、金や厚遇に代えられるようなものではなく、欲に目がくらむのは人としてあるまじき姿である、という意味です。目先の利益や損得、周囲の声や噂に流されないような信条や信念を自分自身の中にしっかりと持ち、それにもとづいて行動する確固とした一貫性は、周囲との絆も深めます。


長宗我部 元親
「一芸に熟達せよ。多芸を欲張る者は巧みならず」

長宗我部 元親は、土佐(高知県)を統一した武将です。この言葉は家臣たちに対する15か条の家法のひとつで、一芸を伸ばした方が活躍でき、あれこれ手を出してはどれも中途半端に終わってしまう、という意味です。当時一般的に多くの武術に通じることがよしとされていましたが、一芸への熟達を奨励して効果的に軍をまとめ、軍全体の組織力を高めたと伝わっています。何かひとつに絞って鍛錬し秀でた力を身に付けることは、組織や周囲の中で自分の個性となり、自信にもつながります。

12人の言葉は、どれも今の時代に通じる言葉です。最後に島津 日新斎の言葉をもうひとつ、ご紹介します。「いにしえの言を聞けども唱えども我が行いにせねば甲斐なし(=名言を聞いても実行しないと意味がありません。自分に活かせるよう行動しましょう)」。

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