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【ナレッジコラム】
人事制度の真実 vol.002
目標の真実
公開日:2024.09.12
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合同会社YUGAKUDO 代表社員
iU専門職大学 客員教授
田口 光 氏
HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。合同会社YUGAKUDO 代表、iU専門職大学 客員教授の田口 光氏による「人事制度の真実」の第2回は「目標制度の真実」。多くの企業の人事制度で用いられる目標と目標制度についてです。
その効用と副作用、目標の誤解と真実、よい目標設定とは何かをお伝えします。
▼バックナンバーはこちら
vol.001:人事制度の誤解と真実の目的
vol.003:考課・評価の真実
前回「人事制度の誤解と真実の目的」のおさらい
前回は、「人事制度の真実」について、人事制度の一般的な誤解とその目的について議論しました。
多くの人が人事制度を「賃金を決めるもの」と認識していますが、実際には等級制度、評価制度、賃金制度の3つの柱から成り立っています。等級制度は責任と役割の明確化を目的とし、評価制度は業績と行動の評価とフィードバックを通じて能力開発を促進します。賃金制度は給与や賞与の決定に関わります。
これらの制度の最終的な目的は、労働者が「明日また頑張ろう」と思えるようにすることです。特に日本の経済成長期における賃金制度の役割が強調されがちですが、現代の企業環境では金銭報酬以外にも広範な視点が求められます。
また、人事制度の型と大きな誤解についても言及しました。年功型がダメで職務型がダメといった画一的なことではないのです。
目標の真実
今回は、多くの企業の人事制度で用いられる、目標と目標設定を取り扱います。目標は、社会人経験が長い方であれば、当たり前のように接してきたことかもしれません。また、学生時代であっても、勉強にもスポーツにも目標は傍らにあった存在ではないでしょうか。
目標はあったほうがよいのか ― 効用と副作用
そもそも目標はあったほうがよいのでしょうか。前述のとおり、これまで当たり前に扱ってきている目標にはどのような作用があるのでしょうか。
周囲の方々に目標にまつわる経験を聞いてみても、「目標を持つことで集中して取り組むことができた」といったポジティブな経験もあれば、「逆にやる気がなくなった」といったネガティブな経験もあり、目標を持つことには、効用もあれば逆に働く副作用もありそうです。
目標の効用
ざっと調べる限りでも、1920年代、つまり今から100年ほど前から目標に関する研究が行われていたようです。古くから人々の関心が高かったことが伺えます。
代表的な理論である「目標設定理論」は、Edwin A. LockeとGary P. Lathamによって確立されました。Lockeはそれ以降にも多くの論文を発表し、現代の研究の礎になっています。
1980年代から2000年代にかけて多くの研究者の発表があり、それらからは主に以下のようなことがわかっています。
- 具体的で挑戦的な目標は、一般的な「ベストを尽くす」という目標よりも高いパフォーマンスを引き出す。
- 目標は、モチベーションを高め、個人のパフォーマンスを向上させる。
- 具体的で明確な目標は、あいまいな目標に比べて高いパフォーマンスを引き出す。
- 目標は、注意を目標関連の活動に集中させる、努力を増大させる、持続性を高める、戦略を見つけ出すというメカニズムを通じてパフォーマンスを向上させる。
主として、パフォーマンスを増大させる効果が認められていますね。後に詳述しますが、これらは無条件に効果を発揮するわけではありません。本人が目標受け入れている等、必要な諸条件が満たされてはじめてその効果を発揮するようです。
実務でも多く採用されている目標設定の手法として「SMART」があります。これは、ジョージ・T・ドラン(1981)によって開発されたフレームワークで、SMARTは以下の頭文字を指します。
Specific | 具体的に。誰が読んでもわかるように、簡便で正確に表現する。(誤解を生まないようにする) |
---|---|
Measurable | 測定可能な。目標の進捗や達成率を客観的に判断するため、できるだけ測定できるものを用いる。 |
Achievable | 到達可能な。単なる希望ではなく、頑張れば達成可能な目標を設定する。(「頑張れば」がポイント)※1 |
Related | 職務に関連する。自分の仕事に関連し、チームや会社の目標とも整合性がある。※2 |
Time-bound | 期限がある。「いつまでに」という期限、明確にされている。 |
- ※1:原著は「Assignable(誰が実施するか)」だが、一般的に用いられることが多いAchievableを採用。
- ※2:原著は「Realistic(現実的な)」だが、一般的に用いられることが多いRelatedを採用。他に、Responsible、Result‐orientedが用いられるケースもある。
- ※SMART法は、他にもさまざまな解釈や用法がある。
SMART法はそのわかりやすさから用いられるケースが増えていると筆者は解釈していますが、目標を持つことの有意義性を多くの方が感じている証左でもあると言えるでしょう。
目標の副作用
目標を持つことの意義は、皆さんの経験と併せて考えてみても一層納得度が増したのではないでしょうか。しかし、目標を適切に扱うためには、ネガティブな副作用が生じるリスクも理解しておく必要があります。
例えば、「明らかに高すぎるとわかる目標でやる気を失ってしまった」といった経験をされた方も少なくないのではないでしょうか。
以下に示すのは、不適切な目標設定が引き起こすマイナスな作用です。
- 目標設定が過度に強調されると、不正行為、倫理的な問題、リスクの増加、短期的な成果に対する過度な焦点などの副作用を引き起こす可能性がある。
- 目標設定と報酬制度が一致しない場合、望ましい行動が促進されないことがある。目標設定が不適切であったり、報酬と一致しない場合、社員は目標達成のために不正行為を働いたり、短期的な成果にのみ焦点を当てるようになることがある。
- 達成できなかった目標は、モチベーションの低下や自己効力感の低下を引き起こす可能性がある。また、過度に高い目標はストレスを増加させ、最終的にバーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こすことがある。
このように望まない作用も引き起こしてしまうことがありますが、注意いただきたいのは、目標を持つこと自体がマイナスな作用を引き起こすのではなく、「不適切な目標設定」が、マイナスな作用を引き起こすということです。
上記に挙げたマイナスな作用は、いずれも想像するに難しくないと思います。それでも、「目標設定の過度な強調」や「達成できないほどの高すぎる目標」の例を耳にすることは少なくありません。それはいったいなぜなのでしょうか。目標設定には、以下のような誤解があるようです。
目標の誤解と真実
誤解1:目標は高ければ高いほどよい
これは前述の目標設定理論の間違った解釈から来ているのかもしれません。確かに、「目標設定理論」では、高い目標(挑戦的な目標)は、曖昧な目標に比べて高い成果につながるという研究結果があります。しかし、それには一定の前提条件があるのです。
出所:Locke, E. A., Shaw, K. N., Saari, L. M., & Latham, G. P. (1981). Goal setting and task performance: 1969–1980. Psychological bulletin, 90(1), 125.から筆者作成
目標の困難性を支える要因として、以下6つが挙げられます。
- 目標の明確化
具体的で明確な目標は、達成すべき基準をはっきりさせ、個人が集中して努力を向ける方向を提供します。 - フィードバック
フィードバックは進捗を確認し、必要に応じて戦略を調整するための情報を提供することで、モチベーションを維持し、目標達成に向けた努力を支えます。 - 自発的な参加(コミットメント)
自発的な参加は、個人が目標に対して強いコミットメントを持つことを促し、挑戦的な目標に向けた持続的な努力とパフォーマンス向上を支えます。 - 能力(自己効力感)
高い自己効力感や能力は、個人が困難な目標に直面した際に自信を持って対処し、努力を続ける原動力となります。 - タスクの複雑さ
タスクの複雑さが適度であれば、困難な目標が挑戦的かつ達成可能な範囲内に留まり、個人のスキルを引き出す機会を提供します(あまり複雑なものは適さない)。 - 支援(リソースの利用)
適切なリソースとサポートが利用できる環境は、個人が困難な目標に集中し、効果的に取り組むために必要な条件を整えます。
これらの要因が組み合わさることで、困難な目標を達成するための強力な支援体制が形成されるのです。
誤解2:目標は本人が頑張るもの
昔は「自分で悩んで考えるから身になるんだ!」「仕事は見て覚えるものだ!」といったセリフも耳にしましたね。人材育成の文脈的には、その通りと言える場面もあるかと思いますが、総じていえば根性論と言わざるを得ませんし、これらがパフォーマンス、目標の達成に結びつくかは甚だ疑問が残ります(そして、筆者はこうした根性論が大嫌い)。
HPI(Human Performance Improvement)で著名な中原孝子(株式会社インストラクショナルデザイン/代表取締役)さんは、パフォーマンス達成を導く条件として、以下を挙げています。
- 上司や会社からの必要条件
(ア)遂行業務の必要性の説明
(イ)明確で、認識可能な業務目標の提示
(ウ)矛盾のない優先順位の提示
(エ)成果達成に必要な資源(予算、機材、人材、教育など) - 上司や同僚が提供すること
(ア)仕事の仕方・働き方に対する頻繁で適切なフィードバック(どのように良いのか、または何が欠けているのかなど) - (成果に影響する要因として)会社や上司が用意すること
(ア)報酬(金銭・非金銭)
(イ)成果達成への否定的な影響/障害を取り除くこと
引用:「インストラクショナルデザイン構築と効果測定,2009」株式会社インストラクショナルデザイン、「ASTD (現ATD)Global Network Japan HPI研究会2013」から筆者作成
前述の目標設定理論での困難性を支える条件と併せて考えてみて、効果的な目標設定には、上司や会社の支援が必要であることがわかります。
誤解3:目標は全て定量化すべき
確かに、数字は明確で誤解を防ぐ有力なコミュニケーション言語です。できるだけ定量化して物事を進めることで、とるべきアクションも明確になりますしチーム内での情報共有もスムーズになります。定量化を志向することは、組織運営・ビジネスマネジメントにおいて欠かすことのできない要素でしょう。
この誤解のポイントは「全て」という点にあります。企業活動の中には、定量化できない(しにくい)目標も存在しますし、また、定量化したとしてもその質が大事な項目も存在します。以下に「全てを定量化」すべきではない理由をいくつか挙げます。
- 定量化できない目標の存在
一部の目標はその性質上、定量化が困難です。例えば、創造性の向上、顧客満足度の感情的側面(例えば5段階評価でなぜ4をつけたのかなど、その内面的な理由)、チームの協力やコミュニケーションの質などは、定性的な評価が求められます。 - 定量化による限界
定量化可能な目標でも、過度な数値への依存は問題を引き起こすことがあります。例えば、短期的な数値目標が長期的なビジョンや持続可能な成長を阻害することがあります。また、数字に焦点を当てるあまり、創造性やイノベーションが犠牲になることもあります。
定量化して測定するためのコストが莫大になる場合もあります。 - 定性的評価の重要性
5段階評価などで数値にできなくもないが、定性のほうが向いている内容もあります。例えば、社員のモチベーション、職場の文化、リーダーシップの質などは、定性的なフィードバックや観察が不可欠です。
また、前述のLockeは、Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002)の中で、「定量的な目標設定は必要であるが、それが全てではない。定性的な評価も組織の成功には重要である」と述べています。 定量的な目標は具体性と測定可能性をもたらしますが、定性的な目標は行動やプロセスの質を評価し、全体的なパフォーマンスの理解を深めるのです。
定性的な目標を設定し、評価するためには、綿密なコミュニケーションが必要となります(筆者の拙い経験則では、このコミュニケーションを避ける傾向がある上司は、ことさらすべての目標の定量化を指示するきらいが見受けられました)。
よい目標設定とは
では、よい目標・目標設定とはどのようなものなのでしょうか。ここまでの情報をまとめます。
まとめ
- 現実的かつ達成可能な目標を設定する
過度に高い目標はストレスや挫折感を引き起こす可能性があります。目標は現実的で、達成可能な範囲内で設定することが重要です。 - 倫理的なガイドラインを設定する
目標達成のために不正行為が行われないよう、倫理的な行動を促進するガイドラインを設けることが重要です。多くの会社では、Valueや行動規範といったものが用いられるのではないでしょうか。これにより、長期的な信頼と持続可能な成果が得られます。 - 長期的な視点も持つ
短期的な目標だけでなく、長期的な目標も設定し、全体的なバランスを取ることが大切です(ただし、この期間は職位や職種によって求められる成果にもよります)。 - 柔軟性を持つ
状況や環境の変化に応じて目標を柔軟に見直すことが必要です。これにより、適応性が高まり、変化する状況に対応できます。今回は触れませんでしたが、OKRといった手法は、目指すべきObjectを重視し、環境の変化によっては数値(key Result)を変更させていきます。 - 適切なフィードバック
定期的で具体的なフィードバックは、目標達成に向けたモチベーションを維持し、必要な調整を行うために不可欠です。評価タイミングでフィードバックを受けても「早く言ってくださいよ」となることは目に見えているわけです。 - 社員の参加とコミットメント
目標設定のプロセスに社員を参加させることで、目標に対するコミットメントが高まり、達成への意欲が向上します。多くの企業で採用されているMBO方式は、正しくは「and Self Control」がセットなのです。自分で自分の目標を考えるからこそ、そこに自発性が生まれます。 - バランスの取れた目標設定
数字はわかりやすい結果ですが、その結果に至るプロセスはわかりません。企業活動は持続性が必要であり、成果の再現性が求められます。それには、定量的な目標と定性的な目標のバランスを取ることが重要です。これにより、全体的なパフォーマンスを包括的に評価できます。 - リソースとサポートの提供
環境変化が目まぐるしいことは、もはやいうまでもないでしょう。誰もが未経験の事に取り組む可能性があります。そのような環境下では、目標達成のために必要なリソースを提供することで、社員が目標に集中し、効果的に取り組むことができます。
CANとWILLの可視化と日常のコミュニケーション
ここまで、会社視点で目標と目標設定について述べてきましたが、忘れてはならないのは社員の視点です。彼ら彼女らの能力やキャリアも、目標設定において欠かすことのできない重要な要素です。
キャリアを考える際には、本人の意思が重要になることはいうまでもありません。最近は「WILLハラスメント」という言葉もあるようですが、これは目標を持つことを強要することを言います。ここで言いたいのは、そうではなくて、本人がどのような仕事をしていきたいか、将来どのようになりたいかということです。
とはいえ、何をしたいかしたくないかなど、問われてすぐに答えられるものでもなく、それをもって同意として目標を立て仕事をアサインすると、思わぬところで離職を招くこともあります。本人がすぐに言語化できるわけではないのです。キャリアについての対話は、常日頃から行っておくことが重要です。
そして、そのWILLもCAN(能力)も変化します。この変化は、上司だけではなく本人すら気が付かないこともありますので、話し合った際に記録して可視化することで、真にコミットできる目標につながっていくでしょう。
もちろん、常に希望の仕事や目標となるわけではありません。しかし、それが希望に沿うものかそうでないのかを明らかにしていくことで、その後のフォローが変わると思いませんか。
そうした機微をつかむには、日常のコミュニケーションの量がベースになりますし、そのコミュニケーションの場が、「本人のための時間」になっていることが肝要です。ついつい何をやってほしいか、なぜやってほしいかを熱弁する「上司のための時間」になっていないでしょうか。それも重要ですが、2:8~3:7くらいで本人のための時間にするバランスがお勧めです(その時の状況や仕事の緊急度にもよります)。今一度、コミュニケーションの場を俯瞰して捉えてみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
Doran, G. T. (1981). There's a S.M.A.R.T. way to write management's goals and objectives. Management Review, 70(11), 35-36.
Heath, C., Larrick, R. P., & Wu, G. (1999). Goals as reference points. Cognitive Psychology, 38(1), 79-109.
Kerr, S. (1975). On the folly of rewarding A, while hoping for B. Academy of Management Journal, 18(4), 769-783.
Locke, E. A., Saari, L. M., Shaw, K. N., & Latham, G. P. (1981). Goal setting and task performance: 1969-1980. Psychological Bulletin, 90(1), 125-152.
Locke, E. A., & Latham, G. P. (1990). A Theory of Goal Setting & Task Performance. Prentice-Hall, inc.
Locke, E. A., & Latham, G. P. (2002). Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist, 57(9),705.
Mento, A. J., Steel, R. P., & Karren, R. J. (1987). A meta-analytic study of the effects of goal setting on task performance: 1966–1984. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 39(1), 52-83.
Ordóñez, L. D., Schweitzer, M. E., Galinsky, A. D., & Bazerman, M. H. (2009). Goals gone wild: The systematic side effects of overprescribing goal setting. Academy of Management Perspectives, 23(1), 6-16.
株式会社インストラクショナルデザイン(2009)「インストラクショナルデザイン構築と効果測定」、「ASTD Global Network Japan HPI研究会2013」
Profile
合同会社YUGAKUDO 代表社員
iU専門職大学 客員教授
田口 光 氏
早稲田大学大学院商学研究科(MBA)修了。大手人材サービス企業にて 新規事業開発・事業戦略・人事総務等の部門長を歴任し、IPO 準備・M&A などのPJも担当する。
その後、外資系企業の人材開発部門長を経て起業。組織開発事業、スタートアップ支援事業を柱とし、多くのスタートアップ企業で 顧問・役員を務める。
現在は事業の傍ら法政大学政策創造研究科/研究生として研究に打ち込む。
【所属団体】
経営行動科学学会、人材育成学会、日本労務学会、日本人材マネジメント協会
【著書】
スタートアップ企業の人事戦略(労務行政)
組織文化診断と組織開発(共著:産業能率大学出版)
労働条件不利益変更の判断と実務(共著:新日本法規)
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