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【ナレッジコラム】
人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.006
仲良し会社の落とし穴
公開日:2024.08.09
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著者/企業顧問/退職学®の研究家
佐野 創太 氏
HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家である佐野 創太氏による「退職ありき」の人事戦略について6回連載でお届けします。最終回は「仲良し会社の落とし穴 ー 連鎖退職のパラドックスと「卒業前提経営」のすすめ ー」です。
仲良し会社の落とし穴 ー 連鎖退職のパラドックスと「卒業前提経営」のすすめ ー
「なぜあの企業で退職者が続いているんですか・・・?社員同士が仲の良い企業だったのに。理由はわかりますか?」
ある社長から突然電話がありました。「連鎖退職」とは、ある社員の退職をきっかけに、まるでドミノ倒しのように退職が相次ぐことです。エース社員や長年働いていた社員の退職がきっかけになると考えられています。
しかし、「連鎖退職はブラック企業でしか起きない。うちは大丈夫だよ」という考えが一般的ではないでしょうか?社員同士が険悪な関係である会社で起きるイメージがあるかもしれません。
経済危機や震災、そしてコロナ禍。未曾有の危機を乗り越えてきた企業の人事・経営者からは、「ピンチに強い、選手層の厚い組織を作りたい」というお声をいただくことが増えました。今ほど社員間の結びつきを強めたくなる時代はないかもしれません。「心理的安全性を高めたい」という声も根強いです。
しかし、ここに大きな落とし穴が潜んでいるのです。実は「仲の良い企業」ほど連鎖退職は起きやすいのです。
連鎖退職は、「仲の良い企業」ほど起きる
私が「選手層の厚い組織づくり」をご一緒する中で50社以上のさまざまな企業を見てきた経験から言えるのは、連鎖退職は決して特殊なケースではないということです。むしろ、普通の会社、いや「いい会社」と呼ばれる組織でこそ起きやすいのです。
この現象を、私は「仲良し退職症候群」と呼んでいます。
ある人事役員はこう嘆いていました。
「いまや退職は“感染症”のようだ。始まったら止まらない。育成では間に合わないし、採用のスピードすら超えている」
これは「離職の伝染(Turnover Contagion)」という言葉で注目されています。1人の社員の退職をきっかけに、いわばドミノのように退職が続くことを意味します。
なぜ「仲の良い会社」ほど連鎖退職が起きやすいのか。その理由は主に3つあります。
1. 情報の共有スピードが速い
仲の良い職場では、公式・非公式を問わず情報共有が活発です。ある社員の退職情報も、瞬く間に広まります。
経営陣や人事部が知るより早く、同期の中では退職が知られることもよくあります。
2. 「感情伝染(emotional contagion)」
「感情伝染(emotional contagion)」という現象があります。人は無意識のうちに、周囲の人の感情や態度を模倣する傾向があるのです。
イライラしながら働いている社員が一人いると、隣の席の社員もイライラし始める。「会社辞めようかな」という感情が伝染する可能性があります。
3. 集団への帰属意識の強さ
仲の良い職場では、特定のグループや集団への帰属意識が強くなります。逆説的ですが、これが退職の連鎖を生みやすいのです。
カナダのゲルフ大学の人事教授であるニータ・チンザーは述べています。
「私の研究によると、チームの中で最も優れたパフォーマーが雇用環境を離れると、他の人たちは突然職場との関係を再評価し、退職を考え始めます」
出典:BBC | ‘Turnover contagion’: The domino effect of one resignation
こんな相談をされたことはないでしょうか?
「エース社員だと思っていたAさんが退職してしまって、私も「この会社に居続けていいのだろうか」と心配になりました」
これまで会社に不満や不安を感じていなかった社員も、優秀な社員や仲の良い社員の退職をきっかけに退職を考え始めるのです。
「仲良し退職症候群」は、普通の企業でも起きる
「仲良し退職症候群」は特別に「心理的安全性を高めよう」と取り組んでいない、普通の企業でも起きます。そのことを裏付けるレポートがあります。
世界75カ国で5,000社以上にピープルアナリティクスのSaaSを提供しているカナダの企業であるVisierが、次のように発表しています。
「従業員の退職は孤立した出来事ではありません。誰かが仕事を辞めるという決断は、ほとんどの場合、周囲の人々に波及効果をもたらします。特に今日の高度に相互接続された職場では、1人の従業員が辞職を決断する背後にある動機は、その同僚たちにも理解されています」
出典:BBC | Turnover Contagion Is Real–and The Clock Is Ticking
複数人で仕事をすることが多い会社ほど、一人の退職が連鎖する可能性が高まるのです。一人で完結する仕事の方が少ないことを考えれば、ほとんどの企業で「仲良し退職症候群」になる可能性があると言えます。
連鎖退職を解決する「卒業前提経営」のすすめ
では、連鎖退職を誘発する「仲良し退職症候群」にどう対処すればいいのでしょうか。
答えは、意外なところにあります。それは「退職を前提とした組織づくり」です。私はこれを「卒業前提経営」と呼んでいます。
「退職を前提にするなんて、会社から連鎖退職を引き起こそうとしているようなものなのでは?」
そう思われるかもしれません。しかし、実はこれこそが連鎖退職を防ぐ最も効果的な方法なのです。
「卒業前提経営」が効果的な理由は、主に以下の3点です。
1. タブーの解消
多くの企業で、「退職」は一種のタブーです。そのため、退職を考える社員は孤独感を感じ、周囲に相談できません。結果、突然の退職宣言になりがちです。
それを防ぐために「従業員の満足度調査」をする企業も増えました。従業員の働きやすさをサポートすることはとても良いことです。
しかし、多くの場合は「突然の退職は防げない」と諦めてしまいます。理由はただ一つ。「退職しそうと書いたら怒られそう」と疑心暗鬼になっているからです。
退職=タブー。この価値観を変えて行くことで、「従業員の満足度調査」も機能し始めます。
2. 成長機会の最大化
「どうせいつかは辞める」と考えると、会社は逆に社員の成長に全力を注ぐようになります。なぜなら、その社員が「卒業生」として外の世界で活躍することが、結果的に会社の評判を高めることになるからです。
さらには「いかに辞めさせないようにするか」ではなく「どうすれば会社の評判を高める退職ができるか」と考え方が変わります。
ある会社はアルムナイをつくりました。ある会社は採用説明会に、退職者を呼ぶようになりました。
退職は会社の成長に活かせるのです。
3. 帰属意識の拡大
通常、「仲の良さ」は特定の職場や集団への帰属意識を高めます。
しかし、「卒業前提経営」では帰属意識が「卒業生ネットワーク」へと拡大します。最近はコーポレート・アルムナイというキーワードで注目されています。
つまり、退職してもなお「この会社のファン」という意識が持続するのです。
「卒業前提経営」への第一歩:具体的なアクションプラン
では、具体的にどのようなアクションから始めればいいのでしょうか。ここでは、「卒業前提経営」の第一歩となる施策を紹介します。「連鎖退職」を食い止める「未来スピーチ」です。
ピープルアナリティクス企業のVisierの最新調査によると、キーパーソンの退職後135日以内に「リテンション重視の対話」を行うことが、連鎖退職防止に極めて重要(出典:Turnover Contagion Is Real–and The Clock Is Ticking)だと指摘されています。
ここで、ある大手製造業で実際に起きた事例を共有したいと思います。同社の主力事業部門で、執行役員A氏の退職意向が明らかになった際、人事部門と経営陣は以下の3段階アプローチを即座に実行に移しました。
1. ゼロ批判:A氏の決定を尊重し、組織内でネガティブな言説が広がることを徹底的に防止する(exあいつは責任感がないから辞めるんだ)
2. 未来スピーチ:A氏の退職を組織の進化の契機と位置づけ、今後の戦略的方向性を明確に提示する
3. キャリア相談:全社員を対象とした、外部専門家によるキャリアカウンセリングの導入
特筆すべきは、CEO自らが全社員に向けて行った「未来スピーチ」です。A氏の退職公表から72時間以内に実施されたこのメッセージは、組織に大きなインパクトを与えました。以下は、そのスピーチの核心部分です。
「A氏の退職は、確かにわれわれにとって大きな損失です。しかし、これを嘆くのではなく、変革の好機と捉えるべきです。A氏が外で活躍することは、わが社の人材育成の証でもあります。われわれは今、次世代のリーダーを育成し、より強靭な組織を構築する絶好の機会を得ました」
「具体的には、社員一人ひとりのキャリア開発を支援するため、外部の専門家によるカウンセリング制度を設けます」
「わが社の未来は、皆さん一人ひとりの手にかかっています。共に、この変革の波に乗り、さらなる高みを目指しましょう」
この「未来スピーチ」は、潜在的な連鎖退職のリスクを小さくしただけでなく、組織変革の推進力に転換するきっかけとなりました。
この事例が示すように、連鎖退職の危機は、適切に対応すれば、組織の競争力を飛躍的に高める絶好の機会となり得るのです。
「卒業前提経営」で選手層の厚い組織へ
「連鎖退職」は、どんな企業でも起きます。特に「仲の良い会社」ほど、そのリスクは高まります。
しかし、退職のリスクは決して悲観すべきことではありません。むしろ、組織を強くするチャンスと捉えるべきです。
「卒業前提経営」の考え方を導入することで、以下のような効果が期待できます。
1. オープンな対話が促進され、突然の退職が減少する
2. 社員の成長機会が最大化され、会社の魅力が向上する
3. 退職後も「卒業生」として会社とつながり続ける文化が醸成される
これらの効果により、一人のエース社員の退職が致命傷にならない、「選手層の厚い組織」を作ることができるのです。
まるでスポーツチームのようです。一流のサッカーチームは、エースストライカーが怪我で離脱しても、競合チームに移籍しても、控えの選手が活躍します。会社組織もこの状態を目指せます。
「卒業前提経営」は、一見すると矛盾した考え方に思えるかもしれません。しかし、この逆説的なアプローチこそが、現代の複雑な組織環境に適応する鍵となるのです。
最後に、ある経営者の言葉を紹介して、この退職前提の組織づくりという一風変わった連載を締めくくりたいと思います。
「社員の成長を心から願い、その成長のために全力を尽くす。たとえその成長の先に退職があったとしても、です。それが、真の意味で社員を大切にする経営だと信じています。そんな会社だからこそ、多くの人が集まり、そして戻ってきてくれるはずです。」
6回の連載にお付き合いいただき誠にありがとうございました。声を聞かせていただく機会がございましたら、お気軽にご連絡ください。「退職を前提とした組織づくり」で、皆さまの企業の成長が永続的になることを願っております。
退職は良い会社づくりが始まる合図です。
【出典】
Turnover Contagion Is Real–and The Clock Is Ticking
▼バックナンバーはこちら
vol.001:採用しても、育てても繰り返す「退職」をどう捉えるか?
vol.002:「長引く採用難」を食い止める“退職”の思考法
vol.003:採用広報のネタ切れを食い止める、攻めと守りの「退職広報」とは何か
vol.004:“組織づくりごっこ”をやめる!コーポレート・アルムナイの始め方
vol.005:社員を“子ども扱いしない組織”とは
Profile
著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家
佐野 創太 氏
慶應義塾大学・法学部・政治学科を卒業後、株式会社パソナ(現パソナ JOBHUB)に入社。転職エージェントに従事した後に、求人サービスの新規事業責任者として就任。法人・大学営業とマーケティング戦略の立案と実行、グループ会社連携とチームマネジメントを統括する。
介護離職を機に退職学®︎の研究家として2017年に独立し、1200名以上の20〜50代の有料のキャリア相談を実施。働く人の本音をもとに、退職者がファンになって採用を助けてくれる組織になる「リザイン・マネジメント(Resign Management)」を開発し、50社以上に導入。徒労感のある採用や育成を、確かな手応えのある人事施策に変えている。
自動生成AIの社内定着に特化した「活用コンテスト」を推進するAI活用メンターでもあり、「自社にしかない魅力」を抽出したコンテンツに基づくマーケティング顧問でもある。
東洋経済オンラインや日経WOMANなどで執筆、ABEMA Primeに出演。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版) 、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
一児の父であり、共働き夫でありGLAYファン。
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