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【ナレッジコラム】
人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.003
採用広報のネタ切れを食い止める、攻めと守りの「退職広報」とは何か

公開日:2024.02.13

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【ナレッジコラム】 人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.003 採用広報のネタ切れを食い止める、攻めと守りの「退職広報」とは何か

著者/企業顧問/退職学®の研究家
佐野 創太 氏

HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家である佐野 創太氏による「退職ありき」の人事戦略について6回連載でお届けします。第3回は、攻めと守りの「退職広報」がテーマです。

採用広報のネタ切れを食い止める、攻めと守りの「退職広報」とは何か

「退職は自然現象。退職ありきで考えると“選手層が厚い組織”がつくれる」

そんな考え方ではじまった連載の第3回目のテーマは、ある中堅メーカーの採用責任者のAさんの一言で決まりました。

「もう採用広報のネタがない・・・これでは志望度の高い母集団がつくれない」

「求人サイトに掲載するだけでは、よい人物は応募してこない」という認識は、かなり定着したように思います。コロナ禍を経てリアルの説明会やイベントを開催しづらくなりました。

Web上で自社の魅力を発信しないと知ってもらうことすらできない

そんな問題意識も生まれています。

採用広報や採用マーケティングという考え方は、ますます注目を浴びるようになっています。今まさに起きている現象は、採用活動のメディア化です。

Aさんもこの背景で社員にインタビューをしたり、働く環境を紹介したりするようになっていました。しかし、「1年もしたらもうネタ切れだよ」と悩むようになったそうです。Aさんと私が話し合って出した結論は、「退職者を採用広報に活用しよう」です。

キーワードは「退職広報」です。しかし、退職者を採用に活用することなんて、できるのでしょうか?

「退職者を採用に使うなんて、やっていいのだろうか?」
「退職なんていうネガティブ情報を、わざわざ出す必要はあるのだろうか?」
「採用広報の新鮮なネタが欲しい」

こう感じている方に受け取っていただければと思います。退職者といった“ネガティブ情報”が、“ポジティブ情報”に変換できる採用手法です。

退職者は「会社を嫌いで辞めた」わけではなかった

Aさんも最初は「退職者をコンテンツにする」ことに躊躇ちゅうちょしていました。そもそも「退職する人はインタビューに乗ってくれるのだろうか」と思っていました。

しかし、すぐに意外なことに気が付きます。

「インタビューを打診したら、快く引き受けている元従業員が8割でした。今では数年前の従業員にも声をかけていますよ。会社を嫌いになって退職したわけではないって、本音だったんですね」

インタビューの中でわかったことは、「働く中で身に付けたスキルや経験が大きくなったから、やりたいことが見つかって転職していった」など、ポジティブな理由が多かったことです。

これは近年の転職理由の変化でもあります。これまでは「不満転職」、つまり我慢に我慢を重ねて耐え切れなくなって転職するパターンが主流でした。だからこそ、企業も退職者によい印象を持っていないケースが多かったです。

昨今は「不安転職」、つまり「よい会社だけど私は成長しているのだろうか」と不安になって転職するパターンです。こういったケースは円満退職が多く、出戻りがあったり、アルムナイを組織したりすることもあります。

Aさんの会社も、「不安転職」が増えていたのです。

数年前に退職した社員からは「あの時の経験が独立につながっています」や「地元に移住したのですが、転職活動は楽勝でした」という声も聞こえてきました。仕事だけでなく、生活も充実している社員が多かったのです。

この退職者の情報を採用広報の一つのコンテンツにして発信しました。

同時に、採用コンサルタントとして関わらせていただいた会社で、求職者に「弊社に興味を持ったきっかけは何ですか?」という調査をしてみました。すると、応募動機や志望理由に変化が現れました。

「退職者と関係が良好=社風がよいと感じた」とする求職者が増えたのです。

転職の理由のトップ3は、どの年代でも「人間関係」が入ります。退職広報は、ここに効いたのです。

言語化しにくい「人間関係の良さ」「社風の良さ」は「退職後も社員とはつながっています。このようにインタビューにも出てくれていますから」という退職広報で伝わります。

「かなり攻めた採用広報だな」と思われるかもしれません。しかし、一部の企業だけができるものということではないのです。

退職広報は”守りの要素”も含んでいるからです。

元従業員のSNSから、会社の評判を守りたい

ここからの話は、X(旧Twitter)やInstagram、noteといった採用広報にSNSを活用されている方には、なじみがあるかもしれません。私の元にIT企業の人事のBさんからこんな相談が寄せられました。

「元従業員が『退職エントリ』なるものを書いているのを見て、頭を抱えています・・・。顧客情報に触れていたり、「それって労基法的にどうなの?」と受け取られかねないような労働時間について書いていたり・・・。思想の自由と言われればそれまでなのですが、人事的には頭が痛いです」

「退職エントリ」をご存じでしょうか?退職した社員がその理由や背景を、本音や事実をもとにブログやSNSで発信する文章です。もともとはIT企業やベンチャー企業、有名大企業を退職する社員が発信するものが多かったのですが、今はかなり広まっています。

実際に求職者から「あの件って事実なのでしょうか?」と聞かれることも増えたと、Bさんは退職エントリの影響力を感じています。さらにはこのように考えていると明かしてくれました。

「退職エントリについて聞いてくれる求職者さんは、助かります。こちらも説明ができますから。でも、聞けない人の方が多いのではないでしょうか?聞いてくださる方は、選考の終盤が多いです。きっと応募することをやめている人も多いのだと思います」

見えないところで影響力を持っているのが、退職エントリの強さです。

この退職エントリを始めとした、SNSでの元従業員の発信を何とかしたいと考えて、Bさんと一緒に退職広報を始めました。

退職広報はいわば、「退職エントリを退職者と企業が一緒に作成すること」でもあります。

しかも、企業から主導してつくるということは、大事な意味を持ちます。企業がインタビュー内容を編集する権利を持つことを意味します。つまり、「これはちょっとカットしたい内容なんだよな」と思ったら、表現を変えることができるのです。ブランド推進室や広報担当と連携をとることが可能になります。

「退職者の情報を採用で使う」というと、「それができるのは一部の尖った企業だけだ」と思われがちです。実は「SNSの評判を会社で把握しておきたい」と願う多くの企業にとって、退職広報は身近なものなのです。

口コミサイトに負けない採用情報をつくりたい

もう一つ、SNSの他に近年影響力がどんどん増しているものがあります。「口コミサイト」です。退職した従業員が、在籍していた会社について社風や待遇などを実体験を踏まえて書いています。

赤裸々に書かれていて転職活動の参考になる一方で、真偽不明のものも多いです。とはいえ、求職者目線からすると「本当にそうなのかもしれない」と気になるものです。しかも、口コミサイトしか「会社の姿」が見られないとなれば、なおさらです。

ここに退職情報を「企業の公式情報」として出す意味があります。

顔出しもせず事実かもわからない、しかし具体的に書かれていて無視できない口コミサイトはこれからも広がるでしょう。そこに企業主導で出している「公式の退職広報のコンテンツ」があったとしたらいかがでしょうか?

口コミサイトの影響力を減らしつつ、求職者の「本当の企業の実態を知りたい」というニーズを満たすことができます。

求職者も「企業が出す情報は広告のようなものだ」とわかっています。キャリア意識の高い求職者からすれば、この傾向はさらに強まります。信憑性の高い情報に飢えています。

だからこそ、退職者の言葉は影響力を持ちます。実際に退職広報のコンテンツを見て入社した社員に、感想を聞いたことがあります。こう教えてくれました。

「退職広報は斬新だなと思ったと同時に、正直な企業だなと好感を持ちました。退職者ということは、企業と利害関係が一致していない、つまり転職者である私と立場が近い人の言葉ですよね。きれいごとを並べたばかりの求人情報よりも、はるかに信じられます」

「退職者なら自分たちと立場が近いから信じるに値するだろう」と捉えることができるのです。

「内定受諾の切り札」は、「うちを辞めた人」情報を出すこと

ここまで退職広報が採用の母集団形成や社風のよさを伝えるコンテンツであり、会社の評判を守るツールであることをお伝えしてきました。

実は退職広報は、採用の終わりの段階にも有効なのです。具体的には「内定受諾のクロージング面談」のキラーコンテンツになります。

「ぜひ入社してほしい」と思う優秀な求職者ほど、複数の内定を得ています。「内定受諾のための最後の一押しが必要だ」という場面になったことがある方は、多くいらっしゃるでしょう。

そんな時に、オファー面談と退職広報を掛け合わせると、「弊社を退職した社員は今こんな働き方をしている」という情報を伝えることができます。

求職者にとっての転職は、大きな賭けです。どんなに優秀な人でも「社風が合わないかもしれない」「成果を出せないかもしれない」と、内定受諾という選考期間の終わりになるにつれ、リスクを考えるようになります。

その時に「弊社に入ると、こうなっている事例がたくさんありますよ」という情報を得られると、「前例があるのか」と安心してオファーを受諾できます。退職広報は、いわば飲食店の口コミのような情報でもあるのです。誰でも「入社しなければよかった」という後悔はしたくありません。

実は退職者の情報を求職者に伝えることは、外資系企業の面接では既によく見られる光景です。内定を出した候補者に対して「うちの会社で●年在籍した人は今〜」と伝えています。

有名な外資系のコンサルティング会社やITサービス会社の名前をとって、「●●(社名)マフィア」なんていう表現を聞いたことがある方も多いはずです。外資は退職していった社員を会社の評判を高めるブランディングの材料に使っているのです。

日本でも「あの会社は人材輩出企業」という評判を得ている会社があります。特徴はいくつかありますが、共通点は「退職者の情報を採用に活用している」です。OB・OG向けに会社の情報を定期的に送り、ファンになってもらうよう工夫している会社もあります。

攻めと守りの退職広報をお伝えしました。根底にある考え方は「退職は悪ではない。自然に起きるもの」です。加えて「採用に退職者を再利用しよう」という合理的な考え方も入っています。理想論ではないのです。

もちろん、個人情報の同意や許可を得たりと、手続きを整備する必要はあります。さらに進めている企業は既に定めている「退職の手続き」に「退職者インタビュー」を組み入れたりしています。

「弊社の最大の財産は、人だ」
「採用を通じて会社そのものを変えたい」
「採用戦略は経営戦略である」

そんな考え方をお持ちの会社は、退職広報がおすすめです。

Profile

佐野 創太 氏

著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家
佐野 創太 氏

慶應義塾大学・法学部・政治学科を卒業後、株式会社パソナ(現パソナ JOBHUB)に入社。転職エージェントに従事した後に、求人サービスの新規事業責任者として就任。法人・大学営業とマーケティング戦略の立案と実行、グループ会社連携とチームマネジメントを統括する。
介護離職を機に退職学®︎の研究家として2017年に独立し、1200名以上の20〜50代の有料のキャリア相談を実施。働く人の本音をもとに、退職者がファンになって採用を助けてくれる組織になる「リザイン・マネジメント(Resign Management)」を開発し、50社以上に導入。徒労感のある採用や育成を、確かな手応えのある人事施策に変えている。
自動生成AIの社内定着に特化した「活用コンテスト」を推進するAI活用メンターでもあり、「自社にしかない魅力」を抽出したコンテンツに基づくマーケティング顧問でもある。
東洋経済オンラインや日経WOMANなどで執筆、ABEMA Primeに出演。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版) 、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
一児の父であり、共働き夫でありGLAYファン。

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