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【ナレッジコラム】
人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.005
社員を“子ども扱いしない組織”とは

公開日:2024.05.31

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【ナレッジコラム】 人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.005 社員を“子ども扱いしない組織”とは

著者/企業顧問/退職学®の研究家
佐野 創太 氏

HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家である佐野 創太氏による「退職ありき」の人事戦略について6回連載でお届けします。第5回は、「モチベーション管理も目標設定もなくした会社ストーリー」をご紹介します。

社員を“子ども扱いしない組織”とは ー モチベーション管理も目標設定もなくした会社ストーリー ー

会社を変える。
このシンプルな言葉の難しさは、経営や人事の方はもちろんのこと、組織に属している人には説明不要でしょう。「こうすればいいんだよ」というどの会社にも当てはまる「秘策」はありません。

しかし、だからといってあきらめるわけにはいきません。今回の連載は「実際に会社を変えていったストーリー」をお伝えします。

はじまりは、「人事の苦悩」からでした。

「モチベーション管理とか目標設定とか、会社がする意味ってありますか?新人の時から『うちの社員』を大切に育てても、『結局辞めるんだよな』って思ってしまう。正直言って、社員を子どものように甘やかせるのが仕事だと思うと、虚しくなります・・・」

ある中堅IT企業の人事リーダーAさんの吐露です。人事部長Bさんも「なんで社員をこんなにお客さま扱いしなきゃいけないんだろう」と首をかしげます。

これは人事の甘えでしょうか?そこをなんとかするのが人事の仕事なのでしょうか?私はそうは思いません。実は今、多くの人事が同じ悩みを抱えているからです。それを裏付ける以下の調査をAさんとBさんに共有しました。

日本人は国際的に見ても「学ばない」し、ずっと「退職前提」である

パーソル総合研究所の調査では、「社員の学ばない実態」が浮き彫りにされています。日本は勤務先以外での自己研鑽を「とくに何も行っていない」人が52.6%で過半数を超えています。世界18ヵ国・地域の主要都市の中でも突出して高い数値です。ちなみに韓国は「19.3%」、中国は「20.6%」です。

※引用:パーソル総合研究所 |「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)

「自己投資する予定はない」も42%に上ります。

※引用:パーソル総合研究所 |「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)

人事として研修を実施したり、管理職として部下を教育する立場の人からすると、頭が痛いデータです。2人に1人は「学ぶつもりがない」のであれば、モチベーション管理も目標設定も、どんな努力も「穴の空いたバケツで水をすくっている」ようなものです。

しかも、日本企業の平均勤続年数は、この40年間ほとんど変わっていません。男性は10〜12年、女性は5〜8年で推移しているのです。

※引用:独立行政法人 労働政策研究・研修機構 | 「平均勤続年数 1976~2022年

厭世えんせい的な価値観に見えてしまうかもしれませんが、AさんとBさんとはここから始めました。「社員は学ばないし退職することが前提だ」。これはあきらめではなく、現実を直視した結果です。

AさんとBさんは次のような共通認識を持ちました。

「人事から率先して、社員の「モチベーションを管理する」「目標を設定する」という認識を捨てよう」

「退職前提」の発想に、人事のパラダイムをシフトする

思い切った発想の転換をしました。「退職前提の組織」へのシフトです。「うちの社員を大切に育てる」から「うちを出てからも活躍する人材を輩出する」へ。人事の役割を、もっといえば「会社と従業員の関係」を根本から問い直したのです。

最初にはじめたことは、採用メッセージの変更です。採用の時点から「転職でも独立でも、うちの会社の次を考えている人と相性がよい会社です」と宣言しました。

裏テーマには「モチベーション管理と目標設定からの脱却」があります。Bさんは「この2つを続ける限り、社員の子ども扱いは変わらないだろう」と強い危機意識を持っていました。

メッセージを変えてからは、自ずと集まってくる候補者が変わりました。「この会社で得たいこと」がはっきりした目的意識の高い人材が集まります。

同時に社内施策も進めます。といっても「引き算」です。モチベーションを上げるための苦し紛れの1on1と、「褒めること」が目的になり形骸化していたコーチング研修を廃止しました。

この時に、経営陣と考え続けた問いがあります。

「当社は誰にとって居心地の良い組織でありたいのだろうか?」

従業員はさまざまな事情を抱えて働いています。独身の人もいれば、育児や介護をしている人もいます。もちろん、縁があった従業員は全員幸せに働き続けてほしい。その願いは今もあります。しかし、「属性」で社員を分けることには無理がありました。独身だからといって目的意識を持って仕事をしたい人ばかりではないし、育児や介護をしている人の中でも自分でモチベーションを管理できる人もたくさんいます。

「属性」からは目を離しました。

「当社で仕事をするモチベーションや目的を、自分からつくりたい人のために存在しよう」

自律的な人にとって、働きやすい組織を目指すことにしました。だからこそ「退職前提の組織」が合言葉になったのです。

「入社時に退職時の目標を宣言する」ことで、社員は協力し合うようになる

とはいえ、「退職前提」を声高に唱えるだけでは、組織は空中分解してしまうでしょう。実際にそういった懸念の声も聞こえてきました。

「従業員同士の結束が乏しくなるんじゃないだろうか」
「どうせ私もあいつも退職するんだから育てる必要はない、と思われるのでは」
「異動や退職に伴う引き継ぎが「私の目標に関係ないから」と適当になりそう」

これらの懸念は軽く流せるものではありません。

ここで効いてくるのが、オンボーディングの工夫です。「入社時に退職時の目標を宣言する」プロセスを組み込んだのです。具体的には、新人・中途を問わず、「3年後に退職するとして、その時に達成していたい目標」を全社に向けて宣言してもらうのです。ただの顔合わせではなく、目標の顔合わせです。

「退職時の目標設計」のポイントは、評価者とすり合わせをしながら、実現可能性や会社への貢献度も加味した、納得度の高い目標を設定することです。

社員一人だけで考えると「8年くらいかかる目標ですよね」というようなものや「それはあまりにも会社にメリットがありません」という目標がつくられることが実際にありました。だからこそ、会社の要望と従業員の願望を擦り合わせる「目標設定の交渉」を行いました。

社員に目標に向けて頑張るように「お願い」や「命令」することをやめたとも言えます。

個人のエゴを会社の財産にする人材マネジメント

この「3年後の退職時の目標」には、もう一つ重要な条件があります。「一人ではできない目標」であることです。

つまり、「3年間、誰とも関わらず一人で成し遂げられる目標」ではなく、「他者の力を借りなければ達成できない目標」を掲げさせるのです。すると、自然と周囲を巻き込もうとするはずです。「自分の目標達成のためにも、あなたの目標達成を手伝わせてください」という会話が発生します。

具体例としてはこういったものです。

  • エンジニアのCさん:AIを活用した新サービスを開発し、リリースしたい。そのためには顧客データを持っているマーケティング部門や顧客のニーズを把握しているセールス部門との連携が不可欠だ。
  • 法人営業のDさん:3年後、社内でトップクラスの営業成績を上げていて、リーダーとして後輩の指導もできるようになりたい。さらには社外の営業セミナーで講師として呼ばれるほどになっていたい。そのためには、営業ノウハウを持つ先輩方の助言はもちろんのこと、他社の営業パーソンとも関わりたい。

ここに、新しい「協力と信頼」の関係性が芽生えてきます。「3年で退職」が前提でも、「この3年をともに全力で駆け抜けよう」という約束が生まれるのです。

ここまでくると、AさんとBさんの人事の仕事は大きく変わりました。これまでは「いかにモチベーション高く働いてもらうか」や「会社が立てた目標にどうコミットしてもらうか」でした。いまは個人のエゴを活かしながら、「チームとしての成果」へのコミットメントを、どう引き出すかです。

Bさんは「個人のエゴを会社の財産にするのが人事の仕事だ」と胸を張れるようになっています。

「退職前提の組織」へのシフトは、一見すると大胆で危険な挑戦に思えるかもしれません。実際にそれだけを掲げると、社内から懸念が噴出します。

しかし、採用や現場を巻き込んで進めることで、懸念を先回りして対処することができます。「退職前提の組織」は攻めも守りも同時に進めます。

もし今「社員を子ども扱いしていないだろうか」「もっと会社と従業員は対等な関係であるべきなんじゃないだろうか」と考えていたら、「退職前提の組織」をたたき台にしてみてください。きっと実行につながる貴社だけの施策が見つかるはずです。

この物語に、貴社の「これから」を重ねてみてはいかがでしょうか。

Profile

佐野 創太 氏

著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家
佐野 創太 氏

慶應義塾大学・法学部・政治学科を卒業後、株式会社パソナ(現パソナ JOBHUB)に入社。転職エージェントに従事した後に、求人サービスの新規事業責任者として就任。法人・大学営業とマーケティング戦略の立案と実行、グループ会社連携とチームマネジメントを統括する。
介護離職を機に退職学®︎の研究家として2017年に独立し、1200名以上の20〜50代の有料のキャリア相談を実施。働く人の本音をもとに、退職者がファンになって採用を助けてくれる組織になる「リザイン・マネジメント(Resign Management)」を開発し、50社以上に導入。徒労感のある採用や育成を、確かな手応えのある人事施策に変えている。
自動生成AIの社内定着に特化した「活用コンテスト」を推進するAI活用メンターでもあり、「自社にしかない魅力」を抽出したコンテンツに基づくマーケティング顧問でもある。
東洋経済オンラインや日経WOMANなどで執筆、ABEMA Primeに出演。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版) 、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
一児の父であり、共働き夫でありGLAYファン。

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