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【セミナーレポート】
企業はどのような主体性を求めてきたのか
ー変化と認識ギャップの考察と課題ー
公開日:2025.05.28
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早稲田大学
教育・総合科学学術院 非常勤講師
武藤 浩子 氏
「主体性」は企業が学生採用にあたって最も重視する資質であり続けていると同時に、従業員に求める資質でもあります。一方で、主体性にはさまざまな解釈があり、非常に曖昧な言葉であるのも特徴です。
本セミナーでは、日本の人事部「HRアワード2024」入賞作品である『企業が求める〈主体性〉とは何か』の著者であり、主体性の研究で注目を集めている武藤浩子氏が、企業が求める主体性について紐解いていきます。「どうしましょう?」という発言を聞くと、なぜ「主体性がない」と思うのかなど、身近な問題についてもご紹介します。
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「企業でも教育でも主体性を重視している

経団連が2022年に公開した採用に関する調査において「大卒者に特に期待する資質」項目では「主体性」が1位となりました。これは2011年の調査結果と全く変わっていません。一方、大学では、アクティブ・ラーニングという主体的な学びを表す言葉が広く使われています。
また、近年の学習指導要領では、子どもたちの資質・能力を育むため「主体的・対話的で深い学び」を掲げています。こうした状況から、企業でも教育でも主体性が重視されているといえます。
一方で、その主体性の意味をインターネットや書籍を調べるとさまざまな解釈があり、非常に曖昧な言葉であることが分かります。
このような背景から、私は〈主体性〉の研究を進めてきました。主体性研究を博論としてまとめ、それを「企業が求める〈主体性〉とは何か」として書籍化しました。
企業は企業規模や業種に関わらず主体性を求めている
『企業が求める〈主体性〉とは何か』は、経団連や経済同友会の人材育成に関わる提言・アンケート、就職四季報の「求める人材」の記述、事業部門の管理職者へのインタビューがデータベースとなっています。
収集したデータを、テキストマイング、記述・発言内容の検討といった方法で分析したところ、企業の主体性要求には3点の特徴があることが確認できました。
経済団体の提言を対象として、年代ごとに「主体性を示す言葉」の出現率を比較すると、1990年代、2000年代、2010年代と、どの年代においても、主体性の出現率は高く、思考力や行動力といった語彙よりも上回っていることが分かりました。
また就職四季報の「求める人材」でも、2002年、2011年、2021年ともに、「主体性を示す言葉」の出現率が他の語彙より高いことが分かりました。
企業の主体性要求を企業規模別に見ると、2000年頃は1,000人未満の企業ではそれほど主体性は求められていないものの、2020年頃ではすべての規模で主体性が求められていることが確認できました。業種別では、2000年頃は情報・通信、商社・卸などの業種で主体性が強く求められていましたが、2020年頃にはすべての業種で求められていることが分かりました。これらのデータから、近年では企業は企業規模や業種に関わらず主体性を求めているといえます。
さらに主体性の意味を調査するため、経団連と経済同友会の提言を対象に、言葉と言葉の関連を示す「共起ネットワーク」を作成したところ、主体性という言葉は1990年代には行動力と、2010年代には思考力や協調性と結びついていることが分かりました。
企業の管理職者へのインタビューでは、「間違っていても、粗削りであっても『自分なりに考える』」、「自分なりに考えたことを『発信する』」、「他者に同調するような協調性ではなく『仕事に関して協働する』」ということを主体性として評価していることが分かりました。
つまり、主体性の起点は「自分なりに考えること」であり、その考えを発信し、仕事の現場で協働することが必要であると捉えることができます。
企業が主体性を求める理由を2つあげたいと思います。
1つ目は「社会変化への対応」です。近年における社会変化があまりにも激しいため、誰しもが明確な答えを示すことができず、社員それぞれに主体性を求めるようになったといえます。
2つ目は「知識・経験の価値の低減」です。近年では、激しい社会変化によって、従来の知識や経験の価値が低減している傾向にあります。企業の管理職者へのインタビューでは、「今は、新しいものを作る方向にシフトしないと淘汰されてしまう世の中」「上司の言う通りにやっていればうまくいく時代は終わった」といった意見が寄せられました。
主体性を発揮するためには認識のズレを修正することが重要

主体性発揮のためにはさまざまな方策がありますが、ここでは2点に絞りご紹介します。1つ目は「認識のズレを修正する」ということです。企業の管理職が考える主体性と、小学校から大学までで認識する主体性は異なります。そのため、主体性を発揮するには、企業と社員との間にある主体性に対する認識のズレを修正する必要があります。
そこで大きなカギとなるのが、主体性の意味を企業と社員で共有することです。
ここでは、「主体性は『自分なりに考える』が起点となる」「上司に言われたことをやるだけでは主体性とはみなされない」「自分なりに考えたら、それを必ず『発言する』」「発信したことで、『仕事に関して協働する』につなげる」ことがポイントになります。
たとえば、社員が「どうしましょう?」というと、「自分なりに考える」が行われておらず、「主体性がない」と判断されるでしょう。また、社員の発言が、他者の意見をコピペしたものであったときも、「自分なりに考える」が省略され、「主体性がない」と判断されます。
また、近年では「主体性の勘違い」も目立っています。企業の管理職者インタビューでは、「突拍子もないこと」「自分勝手に動くこと」は主体性の意味を取り違えていると判断し、結果的に「主体性」がないと認識するケースが多いことが分かりました。さらに、主体性を「発信する」(意見を言う)までだと考えてしまうと、「仕事に関して協働する」に至らないため、主体性とは判断されないケースがあることも確認できました。
主体性発揮のための方策の2つ目は「仕事裁量について伝える」ということです。従来は、若手社員が主体的にならざるを得ない場に置かれることが主流でした。「主体的になろう」という本人の意志のもとではなく、サポートする上司や先輩がいないという状況によって、自分に裁量があると認識し、主体性を発揮していたのです。
一方、現在では、若手社員に同じような状況を経験させるのは非常に難しいでしょう。したがって、「仕事裁量があること」をきちんと伝えることが大切です。
若手社員は「言われたことをやればいい」「どこまで自分がやっていいのかよく分からない」と思いがちです。そのため、その社員に与えられた仕事裁量について、上司がきちんと言語化して伝えることが肝心なのです。
まとめ
近年の企業は、企業規模や業種に関わらず主体性を求めています。また、主体性の意味とは「自分なりに考える」「発信する」「仕事に関して協働する」ということであり、激しい社会変化に対応するためには、それぞれの社員に主体性が求められます。その社員の主体性発揮のためには、主体性に関わるさまざまな認識のズレや、仕事裁量の認識のズレを修正していく必要があります。ぜひこの内容をご自身で考え、仕事の現場で活かしていただければと思います。
Profile

早稲田大学
教育・総合科学学術院 非常勤講師
武藤 浩子 氏
教育IT企業などで勤務し、管理職としても勤めたのちに、早稲田大学大学院に進学。
早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。博士(教育学)。
大学院では、「主体性」をテーマに調査・研究を行い、2023年に『企業が求める〈主体性〉とは何か』を出版。同書は「HRアワード2024」書籍部門入賞。
【著書・論文】
『企業が求める〈主体性〉とは何か-教育と労働をつなぐ〈主体性〉言説の分析』(東信堂、2023)、『〈学ぶ学生〉の実像』(共著、勁草書房、2024)、「企業は誰にどのような主体性を求めてきたのか-人的資本経営への提言」(『日本労働研究雑誌』No.774、2025)など。
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