HRナレッジライン

カテゴリ一覧

【ナレッジコラム】
人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.002
「長引く採用難」を食い止める“退職”の思考法

公開日:2024.01.16

スペシャルコンテンツ

【ナレッジコラム】 人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.002 「長引く採用難」を食い止める“退職”の思考法

著者/企業顧問/退職学®の研究家
佐野 創太 氏

さまざまなHRエキスパートによるナレッジをお伝えするコンテンツ『ナレッジコラム』。
著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®の研究家である佐野 創太氏による「退職ありき」の人事戦略について6回連載でお届けします。

「長引く採用難」を食い止める“退職”への思考法

「定着してほしいけどぶら下がってほしくない」は無理な願いなのか

「退職は自然現象。退職ありきで考えると“選手層が厚い組織”がつくれる」

そんな考え方ではじまった連載の第2回目のテーマは、「退職前提になったら採用はどう変わるか」です。具体的には「長引く採用難を食い止める思考法」です。

しかし、ちょっと待ってください。「退職前提の社員なんて採りたくないよ」という声が聞こえてきます。確かにそうです。新卒でも中途の採用の現場からもこんな声をお聞きします。

「起業家気質がある人を採用したい」と打ち出してはいるけど、本当に起業されたら困る。
「いつでもどこにでも転職できるスキルを身に付けたい」と話す人は優秀でも採用しにくい。

このことについて話したメーカーの人事役員は、次のような本音を教えてくださいました。

「確かに長く働いてほしい気持ちはある。でも会社にぶらさがってほしくはないんだよね。現実的にもうちの平均勤続年数はだいたい10年くらいだったりするし。ずっと雇用はできないよ。」

定着はしてほしいけれど、ぶら下がってほしくはない。多くの採用担当者の本音は、叶わない願いなのでしょうか?

40年間を振り返ると、もともと採用は「退職ありき」だとわかる

実は「退職ありきの採用」で願いが叶います。といっても、「新しい時代の採用のあり方に変革するんだ!」というわけではありません。正確な表現は「本来の退職ありきの採用に戻す」です。

「退職ありきの採用が本来である」を裏付けるデータがあります。独立行政法人 労働政策研究・研修機構が厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」をもとに1976~2022年の平均勤続年数をグラフで表しています。(2022年3月30日更新データ)

※引用:独立行政法人 労働政策研究・研修機構 | 「平均勤続年数 1976~2022年」

コロナ禍からは大退職時代とも大転職時代とも言われるようになっています。しかし平均勤続年数のデータを見ると、男性は10年〜12年程度、女性は5年〜8年程度で緩やかに伸びています。

調査がはじまった2009年からも、大きく変わっていない傾向です。「もともと退職ありきである」が、採用の場面においても本来の姿なのです。

そんな事実としてある「退職ありきの採用」にした組織には、どんなメリットがあったのでしょうか?採用も現場も、会社全体をも長く苦しめるあの悩みをスッキリさせてくれます。

長引く採用難の原因である「神スペック採用」に終止符を打とう

あるIT企業の採用をご一緒させていただいたときのことです。退職ありきで考えて選手層の厚い組織を作る「リザイン・マネジメント(Resign Management)」を一緒に推進しました。私に寄せられた悩みは、採用を統括する方からです。

「採用がかなり長引いてまして。ちょっとお聞きしたいんですけど、こんな営業人材ってそもそも転職市場にいますか?高望みしすぎな気もするんですが・・・。」

こんな人物を探していました。


【必須の経験】

  • 20代後半〜30代前半まででリーダー経験があって転職回数は1回
  • 事業部長や役員以上への法人営業経験がある
  • エンジニア経験があって、顧客折衝や要件定義が得意
  • 性格は上からも下からも横からも好かれる

【必須の人物像】

  • 営業スタイルは傾聴型でありながら、商談件数は多く入れるタイプ
  • 飲み会や交流会への参加をいとわない
  • プレイングマネージャーであることにやりがいを感じる
  • 現場で拾った顧客の声をもとに新規事業を起こしてほしい
  • 次の転職で最後にしたいと考えている

【条件】

  • 年収は380万まで

採用経験がある方や人材紹介のご経験がある方からすると、「これはさすがに・・・」と思うのではないでしょうか?しかし、採用の現場ではこういった求める人物像の理想化に歯止めが効きません。

競争環境の激化、若年者の人口減、育成できる人材不足、即戦力人材への期待。複数の要因が重なって求める人物像の理想化が進みます。求人広告や人材紹介会社に資金を投下しますが、「いい人がいない」と悩んでいる企業はどんどん増えています。

とはいえ、どの企業も「いい人を採りたい」と考えますし、採用担当者であれば「採用した人は長く働いてほしい」と思うのは自然なことです。

そこで思い出すと採用がぐっと楽になるのが、あの考え方です。「もともと退職ありき」です。

「社員は退職するものだよな」と考えると、自然と「現実問題として何年くらいいてくれたらいいんだろうか」と考え始めます。社内の勤続年数の中央値を調べます。すると「意外と6年くらいか」や「3年で退職した人でも退職後もいい関係を築けてるな」と、その会社ならではの特徴が見えてきます。

多くの人事の方がおっしゃるのは「イメージ以上に、みんな退職していた。でも問題なかった」です。

そうなると「転職回数」といった母集団を減らしてしまう「数字の条件」を疑います。また「次の転職で最後にしたいと考えている」のような見極めが難しい定性的な条件も再検討できます。

退職ありきで考えると、「実はうちの会社に合う人物はもっといる」と質の高い母集団形成につながります。疲弊するだけの高望み採用を食い止められます。より本質的な「うちの会社ならではの人物の要件定義」ができるようになるのです 。

高望み採用は本当に悪なのか?

しかし、会社をぐっと成長させる経営の目線から考えるとどうでしょうか?「高望み採用は必要だ」とも考えられます。ある広告代理店の社長は、こんなふうに話してくださいました。

いまのレベルで採れる人材ばかり採用していたら、会社は成長できない。自分よりも優秀だ、もしかしたらマネジメントしきれないかもしれない。それくらいの人物を採用することで、会社は成長する。

おっしゃる通りです。会社の成長を支えているのは「人だ」と考える企業であれば、高望み採用は必須です。

実は高望み採用は2つあります。

理想像ばかり膨らんで「そんな人物はいない」と途方に暮れる採用と、会社に成長をもたらしてくれる人物の採用です。便宜的に、前者を実在するかもわからない人を求めるという意味で“神スペック採用”、後者を会社を一段上の次元に上げてくれる人を採用するという意味で“上昇採用”としましょう。

両者の違いはどこにあるのでしょうか?

“神スペック採用”は配属先を見ずに、採用の勘だけで決めます。見極め方はシンプルです。求人票や面接の項目にある「必須の経験」や「求める人物像」に対して「それは現場のどの仕事で求められるものなのか」と問うだけです。答えるには現場にヒアリングをしたり、現場の業務を細かく分解する必要があります。答えられない場合は、“神スペック採用”に近づいてしまいます。

“上昇採用”は配属先と合意が取れています。“上昇採用”では「必須の経験」や「求める人物像」が配属先からすると「これは必要ないのではないか?」と思われるものも含まれます。配属先と採用チームのズレに対して、「でもこれは今後必要なんだ」と合意が取れているかどうか。取れているのであれば、“上昇採用”に近づきます。

「私たちの採用は神スペック化していないか?上昇採用はできているか?」

そんな合言葉を、会議の場で使ってみてくださいませ。長引く採用難は、退職ありきの思考法で解消できます。

Profile

佐野 創太 氏

著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家
佐野 創太 氏

慶應義塾大学・法学部・政治学科を卒業後、株式会社パソナ(現パソナ JOBHUB)に入社。転職エージェントに従事した後に、求人サービスの新規事業責任者として就任。法人・大学営業とマーケティング戦略の立案と実行、グループ会社連携とチームマネジメントを統括する。
介護離職を機に退職学®︎の研究家として2017年に独立し、1200名以上の20〜50代の有料のキャリア相談を実施。働く人の本音をもとに、退職者がファンになって採用を助けてくれる組織になる「リザイン・マネジメント(Resign Management)」を開発し、50社以上に導入。徒労感のある採用や育成を、確かな手応えのある人事施策に変えている。
自動生成AIの社内定着に特化した「活用コンテスト」を推進するAI活用メンターでもあり、「自社にしかない魅力」を抽出したコンテンツに基づくマーケティング顧問でもある。
東洋経済オンラインや日経WOMANなどで執筆、ABEMA Primeに出演。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版) 、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
一児の父であり、共働き夫でありGLAYファン。

スペシャルコンテンツ一覧を見る

おすすめの記事