HRナレッジライン

カテゴリ一覧

【ナレッジコラム】
人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.004
“組織づくりごっこ”をやめる!コーポレート・アルムナイの始め方

公開日:2024.03.28

スペシャルコンテンツ

【ナレッジコラム】 人事の徒労感をゼロにする退職思考 vol.004 “組織づくりごっこ”をやめる!コーポレート・アルムナイの始め方

著者/企業顧問/退職学®の研究家
佐野 創太 氏

HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家である佐野 創太氏による「退職ありき」の人事戦略について6回連載でお届けします。第4回は、「コーポレート・アルムナイの始め方」がテーマです。

「コーポレート・アルムナイ」を導入した企業が感じている3つのメリット

「人事として表では言えないことなんだけれど、何もしないで人が集まってくれて、その人たちが社風をつくってくれたらいいですよね。待ちの姿勢ではよくないとはわかってるんですけれど。」

食品会社の人事のAさんが、こんな本音を明かしてくれました。

求人サイトに掲載しても転職エージェントに依頼しても、人が集まらない。そんな企業が増えている中で「何もしないで応募してきてくれないかな」という願いは、自然なことです。

実はこの願いを発想の起点にできる施策があります。「退職したけれどまた働かせてください」と逆オファーが集まる組織をつくる方法です。他社を経験した上で再入社する人は、その会社に強く共感しています。エース社員になっていくこともあり、社風を代表する社員にもなり得ます。

これまでは “出戻り社員”や “ブーメラン社員”という名前で呼ばれ、会社としても非公式なものでしたが、組織化する企業が増えています。「コーポレート・アルムナイ」に注目が集まっているのです。「アルムナイ」は英語で「卒業生」「同窓生」といった意味です。

コーポレート・アルムナイ市場、つまり離職者と元企業との取引は「概算 4400億円」、同僚との経済的取引も含めた「アルムナイ経済圏」は年間1兆円を超えるという調査もあります。無視できない規模です。
※参考:パーソル総合研究所 | 「コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査」

コーポレート・アルムナイがうまく機能すると、どんなメリットがあるのでしょうか?コーポレート・アルムナイづくりをご一緒した企業からいただいた声を集約すると、3つのメリットがあることがわかりました。

(1)採用・社内ブランディング

  • 「退職者と関係が良好である」という評判が立って、志望度の高い応募者が増えました
  • 「退職者インタビュー」をWebで公開することで、社内でも「うちは器が大きい会社」だという声が聞こえてきています

(2)カムバック

  • うちの社風を知っている、かつ他社での経験を積んだ人材が戻ってきてくれました
  • 社内の仕事の進め方を知っている人材に業務委託や副業で関わってもらえるのは安心感があります

(3)ビジネス

  • 元従業員が起業した会社とアライアンスを組んでいます
  • フリーランスになった社員が、弊社のサービスの代理店営業をしてくれています

一見するとコーポレート・アルムナイはシンプルです。「同窓会をつくればよいのだから、簡単だ」と考えられます。しかし、現場を見ているとうまくいっていない組織の方が多いようです。うまくいっている組織とそうでない組織では、どんな違いがあるのでしょうか?

退職者が100人いたら、2人しか再雇用にできていない

大手旅行業の人事役員のBさんが、ある会合でこんな話をしていました。

「すべての人事施策は「点」として導入すると、必ず失敗します。「線」として導入すると、機能し始めます。」

コーポレート・アルムナイも同じです。コーポレート・アルムナイ をひとつだけ「点」として導入しても「急に出戻り社員が増える」わけでも「退職者とも関係がよい器の大きい会社」という評判が立つわけでも、「退職者がビジネスを持ってきてくれる」わけでもありません。

うまく機能している組織は、退職者に関するデータを直視した上でコーポレート・アルムナイを導入します。退職者を再雇用するためにコーポレート・アルムナイを導入したいと考える企業にとっては、よくないデータです。

退職者の再入社意向は「入社したい」が「8.3%」です。

実際の出戻り入社率は「2.13%」です。

※引用:パーソル総合研究所 | 「コーポレート・アルムナイ(企業同窓生)に関する定量調査」

「こんなに費用対効果が悪そうなのに、どうしてコーポレート・アルムナイなんてつくるんだろう。退職者の再雇用よりも新卒や中途社員の採用の方が効果があるのでは。」

そう思われたかもしれません。よくお聞きする声です。ここからは「それでもコーポレート・アルムナイをつくった」企業の声を分析してみます。

ある社長の声「組織風土を強くしたいから、コーポレート・アルムナイから始めた」

コーポレート・アルムナイを一緒に形成した金融系企業の創業者のCさんにインタビューした内容をお伝えします。コーポレート・アルムナイをつくり始めた理由と経緯をお聞きしました。

「金融業界は何度かの危機によって、市場規模ががくっと縮小したり、それに合わせて従業員が減ったり増えたりを繰り返してきました。疲弊するんですよね、少しずつ売り上げも士気も下がりますし。
どれだけ採用しても虚しさが募ります。穴の空いたバケツで水をすくっているようなイメージです。
「何とか生き残っているだけ」というゾンビ感覚でした。」

コーポレート・アルムナイに興味を持ったきっかけは、危機感だったようです。

「ここから何十年も企業を存続させるためには、組織風土を強くしないといけない。「退職しても、再び戻ってきたいと思わせるほどの魅力的な職場をつくろう」と意思決定しました。
何から始めたいいかと考えた時に思い浮かんだのが「退職者の顔」でした。「彼・彼女らはその後どうなったんだろう」と気になったんですね。
私たちにとって、コーポレート・アルムナイに興味を持ったことは自然なことでした。」

コーポレート・アルムナイをつくることが目的ではないばかりか、再雇用率を上げるためでもないことがわかります。「組織を強くするための最初の施策」としてコーポレート・アルムナイを位置付けています。

しかし、なぜコーポレート・アルムナイから始めたのでしょうか?人事施策は他にもたくさんあります。Cさんは次のように考えていました。

「これまで研修制度や評価制度を進めてはいたのですが、なぜか途中でどれも中途半端なんです。担当者が異動したらそれで終わりとか。
原因を考えてわかったことがあります。組織の中に「退職したら縁が切れる」や「どうせ会社辞めるんだし」という諦めがあったんです。私が持っていた「穴の空いたバケツで水をすくっている」感覚が、会社中に広まってしまっていました。
退職の考え方を変えないと、同じことを繰り返すだろうと思いました。」

続けて「コーポレート・アルムナイをつくるために最初にしたこと」を聞いたら、意外な答えが返ってきました。「アルムナイ担当をつくった」でも「非公式に元従業員に声をかけた」でもありませんでした。

「従業員ジャーニーを刷新しました」です。「従業員ジャーニー」とはつまり、採用から退職までの「従業員体験」をつくることです。

この企業にももとからあるにはあったのですが、採用と研修が分離していたり、退職の部分は「退職面談」をするだけで、日頃のフィードバックや評価には何も反映させていませんでした。

「従業員ジャーニーの刷新」の中身は「範囲の拡大」と「退職ありきの発想」です。

「範囲の拡大」とは、「採用広報」という入口と「退職」という出口をつなげることです。就職活動中の学生や転職活動中の求職者に、自社を認知される段階から伝えます。具体的には説明会や企業HPの段階で「うちにはコーポレート・アルムナイがあって、退職後も従業員との関係をつくり続けています」と採用広報するようにしました。

さらには「退職から出戻り」までの「従業員ジャーニー」もつくります。「従業員ジャーニー」は退職で終わりません。どのようなきっかけで戻ってくることを検討し始めるのか、どのような情報がないと逆にあきらめてしまうのかなどを調査し始めました。

「退職ありきの発想」とは、採用や配置の段階から「うちの会社で何ができたらステップアップしたいか。退職後の目標は何か」を共有することです。入社する社員だけでなく、既存社員にもコーポレート・アルムナイと、その先にある「強い社風」を印象付ける施策です。

日本でも「入社式で退職届を読み上げる」なんていう施策を打っている企業もあります。

Cさんの会社では、コーポレート・アルムナイへの参加率も上がり、従業員と退職者の交流も活発になりました。出戻り入社率は「2.13%」のところ、この企業は10%に上がっています。

コーポレート・アルムナイを「再雇用率を上げる施策」などの点で捉えることはしていません。「コーポレート・アルムナイを起点に組織を強くする」などの線で捉えたことで、「結果的にコーポレート・アルムナイを盛り上げた」のです。

もう“組織づくりごっこ”はやめたい

しかし、一つ疑問があります。

組織を強くする目的とはいえ、コーポレート・アルムナイをつくることはいわば「退職に寛容になる」ことです。退職者が増えたり、「また戻ってこれるから会社辞めるか」と軽く思われたりするといった不安はなかったのでしょうか?

再びCさんに聞いてみました。

「不安はなかったと言えばうそになります。ずっと在籍してくれている従業員の中には、よく思わない人も実際にいたでしょうし。
でも、誰でも「会社を辞めようかな」とか「新しい仕事がしたいな」と思うことってありますよね。自分で創業した私ですら「経営に飽きてきたかも」と思うことがあるくらいですから(笑)。」

やはり不安はあったようです。それでも、退職に向き合う理由がありました。

「もう、見て見ぬ振りはやめたかったんです。アルムナイに入ってくれた社員と雑談していたら、「退職面談では言えなかったけれど、本当の退職理由は」と話し始めてくれたことがありました。「痛いところをつかれた」と思いました。気付いていたけれど放置していた問題を、言い当てられたのです。
「本音から始めないと組織はつくれない」と、その時にようやく気付かされました。」

Cさんは最後にこう話してくれました。

「これまではアンケートや調査はとっていても、あの結果って建前だったのかもしれませんね。建前をもとに組織づくりしていたから、ダメだったのも当たり前です。
今までは“組織づくりごっこ”でした。顧客の声を聞かずに商品を作っていたようなものです。」

Cさんは考えすぎでしょうか?実際にある大規模調査では、約2人に1人が「“静かな退職”をしている」という結果が出ています。

「静かな退職」とは「会社を辞めはしないが、精神的には既に退職していて最低限の仕事だけを淡々とする状態」です。こういった社員が退職するときには、本音の退職理由を告げることはまずありません。会社が考えている「なぜ社員は辞めていくのか」の、半分は的外れかもしれないのです。

今回の記事を読んでくださった方の中には、がっかりされた方も多いかもしれません。「コーポレート・アルムナイが効果を発揮するには、時間がかかるのか」と思ったはずです。

それでも「いろいろ人事施策を打っているのにうまくいかない」「そろそろ本気で組織づくりに取り組みたい」企業にとって、「退職者から聞こえてくる本音の組織の欠点」は大きな財産になるはずです。

「本音=確かな情報」をもとに組織づくりをしたいとお考えの時には、コーポレート・アルムナイが最初の一歩になり得ます。

Profile

佐野 創太 氏

著者/企業顧問(退職人事、コンテンツ戦略、自動生成AI活用メンター)/退職学®︎の研究家
佐野 創太 氏

慶應義塾大学・法学部・政治学科を卒業後、株式会社パソナ(現パソナ JOBHUB)に入社。転職エージェントに従事した後に、求人サービスの新規事業責任者として就任。法人・大学営業とマーケティング戦略の立案と実行、グループ会社連携とチームマネジメントを統括する。
介護離職を機に退職学®︎の研究家として2017年に独立し、1200名以上の20〜50代の有料のキャリア相談を実施。働く人の本音をもとに、退職者がファンになって採用を助けてくれる組織になる「リザイン・マネジメント(Resign Management)」を開発し、50社以上に導入。徒労感のある採用や育成を、確かな手応えのある人事施策に変えている。
自動生成AIの社内定着に特化した「活用コンテスト」を推進するAI活用メンターでもあり、「自社にしかない魅力」を抽出したコンテンツに基づくマーケティング顧問でもある。
東洋経済オンラインや日経WOMANなどで執筆、ABEMA Primeに出演。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版) 、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
一児の父であり、共働き夫でありGLAYファン。

スペシャルコンテンツ一覧を見る

おすすめの記事