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【セミナーレポート】
これからのリーダー育成を科学する

公開日:2025.05.28

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これからのリーダー育成を科学する

立教大学
経営学部 准教授
田中 聡 氏

人と組織を取り巻く環境が大きく変化している昨今、組織マネジメントの難易度も上がり、リーダー育成が大きな転換点を迎えています。「我が社の経営人材・管理職育成はなぜうまくいかないのか、一体どうすればよいのか」と、次世代育成に関する課題は切実です。
本セミナーでは、民間企業との共同研究・共同プロジェクトを数多く手がける田中 聡氏が、経営学の研究知見と先進事例を糸口に、これからの経営を担うリーダー育成に必要な視点と具体的な施策をお伝えします。

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「経営人材育成」は一貫して課題のトップであり続けている

多くの企業が「経営人材育成」という課題に直面している昨今ですが、実は今に始まったことではなく、20年前から課題視され続けています。これほど長きにわたり課題となっている背景には、4つの“ない”問題が関係しています。

1つ目は「現場の理解が得られない」です。経営人材を育成するためには、全社から候補者を集め、タレントプールを形成する必要があります。しかし多くの企業では、事業部門優位の育成力学が働いているため、事業部門のエース級人材を本社人事が適切にマネジメントすることが困難です。

2つ目は「トップが本気にならない」です。経営層は「誰にバトンを渡すのか」には関心を持っていても、「どう育てるか」には必ずしも関心が向いていません。背景には、自分自身が体系的に育成されたという実感が乏しいことがあります。

3つ目は「今日明日の課題ではない」です。経営人材育成は重要度の高い課題ではあるものの、今日明日、手をつけなければ会社が傾くというものではありません。人事は日々、新たな課題に直面しており、緊急度が低い課題はどうしても後手に回りがちです。

4つ目は「誰がなっても変わらない」です。経営職を、短期の任期制で代々継承される“上がりのポスト”と捉え、「実際に会社を動かしているのはミドルマネジメント層」という認識が根強く残る企業では、経営人材の育成にリソースを投じる優先順位が下がる傾向にあります。

ミドルマネージャーと経営リーダーは異なる役割を担う

「経営リーダーの育成なんて大げさに考えなくても、ミドルマネージャーとして成果を上げた人の中から登用すればいいのでは」と考える人もいるかもしれません。ですが、ミドルマネージャーと経営リーダーは、そもそも担う役割が質的に異なります。

ミドルマネージャーは短期的な視点で、目標設定や業績管理、人材管理などを担いますが、経営リーダーは長期的な視点で、ビジョン構想や新事業創出、意思決定といった役割を担います。

したがって、ミドルマネージャーで成果を出したからといって、必ずしも経営者リーダーの適性があるとは限らないのです。そのため、ミドルマネージャーと経営リーダーは、明確に切り分けて考える必要があります。さらに自社の経営リーダーとして求められる人材要件や、ミドルマネージャーと経営リーダーの間にあるギャップを埋める戦略的アプローチが必要です。

経営人材育成スタイルの「これまで」と「これから」

経営人材育成スタイルを平均的な企業と先進的な企業で比較すると、前者は「選ぶ型」、後者は「育てる型」であるといえます。また「育成」「発掘」「要件」「選任」という4つのポイントで大きく異なります。

「育成」にあたっては、平均的な企業では短期の選抜型研修やMBAをはじめとする大学院派遣を中心としますが、先進的な企業では、中長期の実務経験を通じた育成が主流です。

人材育成に与える影響度合いを示す「70%は実務経験、20%は他者との交流、10%は職場外の教育機会」というロミンガーの法則の通り、経営リーダー育成においても「実務経験」は重要といえます。
ここでポイントとなるのは、「恵まれた環境から抜け出し、打席に立つ」ということです。米国CCLのシンシア・D・マッコーレイ氏は、経営人材の育成には、「異動」「高度な責任」「権限がない中での関係性構築」「障害」「変化の創造」の5要素が重要と示しています。保守本流から離れ、権限が与えられない環境下で、社内外のステークホルダーと関係性を作り、トラブルを解決していきながら、変化を自らの手で作り出すという経験、いわば「修羅場(発達的挑戦課題)」が不可欠ということです。
また、海外の研究では、他社での取締役経験を持つ内部CEOはそうでないCEOに比べて、戦略的変革を主導しやすいと実証されています。
そして、修羅場経験を与えるだけではなく、具体的経験と経験を通じた学習の支援を行うことが大切です。さもなければ、優秀な経営リーダーを育成できないうえ、人材流出にもつながりかねません。さらに経営リーダーとしての視座を高めるため、現役の経営者による支援も大切なポイントとなります。

「発掘」に関しては、平均的な企業は特定部門の部長層からの選抜が一般的ですが、先進的な企業では全社を対象に若手社員から早期に選抜を行います。経営人材としての視座を育てるには時間が必要であり、育成開始が40代・50代では遅すぎるのです。できれば20代から必要な経験を積ませることが求められます。近年では、内定者段階から育成するという動きもあります。

「要件」「選任」については、平均的な企業は実績・パフォーマンスを重視し、社長や会長による選任が一般的であるのに対し、先進的な企業では、パーソナリティ・ポテンシャルを重視し、取締役会による合議制を採用しています。
経営リーダーを若手社員から選定する際、実績やパフォーマンスのみで見極めるのはほぼ不可能といえます。ここでポイントとなるのがパーソナリティ・ポテンシャルです。海外の研究でも、その人の本来の性格特性がリーダシップの発揮に影響を与えるということが明らかにされています。
また、性格特性は経験に応じて大きく変化するものではないため、評価の段階で見極めることは有効といえます。ただし「ダークトライアド」といった注意すべき性格特性もあります。「サイコパス」「マキャベリズム」「ナルシティズム」といった性格特性を持つ人材が経営リーダーになると、行き過ぎた利益重視経営が行われる可能性が高まり、不正といった問題を引き起こしかねません。したがって、多角的な視点で人材を見極めることは必須といえます。

まとめ

ミドルマネージャーと経営リーダーは、担う役割も育成方法も全く異なります。経営リーダーを育成するには、スキルや知識を獲得させるだけでなく、視座を大きく変容させることが不可欠です。そのためには、キャリア初期に保守本流から離れた環境で全社を俯瞰し、トラブルを解決していきながら、変化を作り出す「修羅場経験」がカギとなります。経営リーダーの選定においては、パーソナリティやポテンシャルを多角的に評価し、登用後も続く永続的なプロセスとして捉えることが重要です。
人事部門としては、経営リーダー候補を早期に選定し、本人と周囲への透明性あるアナウンスメントを行うことが理想的です。事業部門のエース人材がタレントプールから漏れることを防ぐためにも、候補者のアサインメントはCEOとCHROの専権事項にすることが望ましいといえます。さらに修羅場経験の提供には人材流出リスクを伴うため、手厚い内省支援を行うことも大事なポイントとなります。

Profile

立教大学 田中 聡 氏

立教大学
経営学部 准教授
田中 聡 氏

東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。大学卒業後、パーソル・グループに入社。株式会社パーソル総合研究所を立ち上げ、同社リサーチ室長・主任研究員を務めた後、2018年より現職。専門は人的資源管理論。研究テーマは人とチームの学習。主な書籍に、『シン人事の大研究』(ダイヤモンド社)、『経営人材育成論』(東京大学出版会)、『チームワーキング』(JMAM)、『事業を創る人の大研究』(クロスメディアパブリッシング)など。

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