HRナレッジライン
カテゴリ一覧
【ナレッジコラム】
地域の未来をひらくローカル人事論 vol.004
競合ではなく協働へ、地域ぐるみで課題を解決する「地域の人事部」とは
公開日:2024.12.23
- 記事をシェアする

Inquiry合同会社 代表社員CEO
ラーニングデザイナー
山本 一輝 氏
HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。Inquiry合同会社 代表社員CEO、ラーニングデザイナーの山本 一輝 氏による「地域の未来をひらくローカル人事論」。地域密着で事業をされる地域企業の人と組織に関わる皆さまだけでなく、郊外拠点や中小企業などにも参考にしていただけるコラムです。
第4回は地域企業各社の試行錯誤を活かす新たな取り組み「地域の人事部」について紹介します。
▼コラムスピンオフセミナーはこちら
▼バックナンバーはこちら
vol.001:選ばれる地域企業がやっていること
vol.002:地域企業の人事採用のリアル
vol.003:地域企業の人材育成戦略
vol.005:不確実な時代に考える幸福のキャリア論競
vol.006:地域で働く未来をひらく「3つのフク業モデル」
競合ではなく協働へ、地域ぐるみで課題を解決する「地域の人事部」とは
これまでの回では地域企業の実態と取り巻く環境、人材採用や育成のポイントや先進地の具体的な事例を紹介してきましたが、第4回は各社の試行錯誤を活かす新たな取り組み「地域の人事部」について紹介します。経営者・人事担当者だけでなく、企業を支援する立場の皆さんもぜひご覧ください。
地域企業の変化と限界
過去の回では、地域企業で専任の採用担当者がいるケースはまれであり、採用後の育成体制も不十分な現状をお伝えしました。また、人を採用し、育てて活かしていくための組織風土が形成されていない状況も見てきました。
そのような状況にメスを入れるよう支援をしてきた地域企業では、人事担当者を育てながら組織全体で取り組む体制構築、志ある人材をひきつけるためのビジョン策定、評価制度の設計や関係性の質の改善などを行ってきました。社内の皆さんと力を合わせ一つひとつの課題を解決し、数年かけて見事に変革を実現しました。
一定の成功体験を積むことで、会社の変化の流れは徐々に加速していきます。目に見える成果が出てくれば関係性もよくなり、前向きな機運が高まることで意識や行動に変化が起こり、売上げや利益等の業績面の成果も確実に伴って変化していきます。小さい会社や手を打ってこなかった会社ほど、その変化は早いです。
新たな組織規範を生み出すことができる変革人材が職場に10%増加…30人未満の規模の会社であれば、3名を超えてくると変化も実感しやすくなると思います。
策を講じると最初の頃は変化の幅が大きいので手応えもあるのですが、トライアンドエラーを繰り返していくと、その勢いも徐々に鈍化していきます。マイナスをゼロに、そしてプラスへと転じていくなかで手を尽くしきると地域や業界などの環境要因によって左右され始めます。
イメージがしやすいように例を挙げます。
あるサービス業では、改善施策を講じたことで求人への応募数が1.2倍となり、これまでとは異なるタイプの方からの応募が増えたことを実感していました。採用活動も現場の方に主導してもらい、目指すチームの姿を描き、一緒に働きたい人を採用する視点で臨みました。すると、ミスマッチが減っただけではなく、その後の育成も機能し、新人が従来より3か月早く独り立ちし、1年以内離職率も低減することに成功します。しかし競合が多い業界ゆえに、採用拡大するためには大手企業のような人的予算的コスト投下に加え、さらなる待遇改善も検討しなければならなくなります。条件不利地域では労働人口のパイ自体が少ないこともあり、ある一定の水準を超えると一気に難易度が上がります。個社でできる施策には限りがあり、その効用も小さくなっていくのです。
コントロールできる問題か否かを見極めて取り組む
打ち手から成果が表れるまで時間を要するものは、外部環境の影響を受けやすくなります。
人材育成や組織変革などの長期的施策を敬遠する方は、成果が表れても施策が効いていたのか検証が難しいためかもしれませんが、それが長期的施策不要の理由にはなりません。裏を返せば、短期的成果を重視してきた結果が、今の地域企業が置かれた困難な状況を招いたといっても過言ではありません。
企業に影響を与える脅威には2つの種類があります。1つは、発生した際にどのような影響が起こり得るかがある程度予測できる既知の脅威である「リスク」です。近年は企業が緊急事態に遭遇した場合に事業を継続・復旧させるための計画としてBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の策定が求められるようなりましたが、資金調達やシステム障害、自然災害などは他社の教訓という既知があるからこそ策定ができます。
もう1つは発生した際にどのような影響が起こるか全く予測できない未知の脅威である「不確実性」です。新型コロナウイルス感染症はその最たる例であり、パンデミック発生当時多くの企業が自社にどのような影響が起こるかを的確に見極められた方は少なかったのではないでしょうか。最近では進歩が著しい生成系AIの影響も当てはまると言えます。
既知の脅威であるリスクは危機管理等の守りの姿勢が有効ですが、未知の脅威である不確実性に対しても同じやり方が通用するとは限りません。不確実性は解釈次第で危機にも好機にも転じます。自ら未来を描き、積極的に行動を起こすといった攻めの姿勢が求められます。
経営課題とは事業継続の障害となり自分たちで対処可能な課題のことを指します。人口減少や環境問題などは自社ではどうにもできませんが、会社としての意思決定や行動はコントロールできます。
選ばれる地域企業となるための自助努力として解決策を講じながら、リスクと不確実性を分け、未知に対しては積極的な姿勢を選ぶこと。そのうえで、自社だけでは対処できない外部環境への長期的かつ共助的な取り組み「地域の人事部」が注目されています。
「地域の人事部」とは
「地域の人事部」とは、単体で企業支援をするのではなく、地域の支援機関や自治体等がそれぞれの強みを活かし一丸となって地域中小企業の多様な人材活用を推進し、地域企業の「人的資本経営」の定着を目指す体制と経済産業省は定義しています。具体的には人材活用に対する経営者の意識変革を促す「人材戦略・組織変革支援」、地域単位で人材にアプローチする「人材採用支援」、地域単位でのキャリア開発等の「人材育成・定着支援」を行うものです。経済産業省関東経済産業局では2022年から8地域で実証事業を展開しています。

※引用 | 関東経済産業局「地域の人事部」
2016年に独立した当初は地域企業への支援をはじめましたが、数年やってみて先述の通り個社支援の可能性と限界を感じました。その後、以前紹介したような地域ぐるみでの取り組みに着目し、行政等と連携した事業を企画し独自に地域の人事部のような体制づくりに取り組んでいます。
複数地域で事業を実施していくなかで、全国に同様の考えを持って取り組んでいる支援団体がいることに気付き、2022年4月に全国の地域の人事部団体をつなぎ、競合競争ではなく互いの実践に学び合い助け合う協働共創の互助団体「地域人事部アライアンスネットワーク」を設立。2024年11月現在全国17団体が加盟し、志を共にする地域の人・企業を支援者同士で毎月勉強会を開催しています。

提供 | 地域人事部アライアンスネットワーク
2023年にアライアンスネットワークより「地域の人事部レポート」を発行しましたが、そこで改めて「地域の人事部」の定義を独自にまとめました。経済産業省の考え方に準じつつも、現場でやってきた実践知から感じた重要な視点として下部の3つを加えました。

出典 | 地域人事部アライアンスネットワーク レポートVol.1
個社支援はしないというわけではなく、①個社支援をしつつも同時にシステムレベルの全体視点を持つこと②企業だけでは外部環境にアプローチすることは不可能なため、行政や商工会議所等の関係機関と連携協働を行うこと③対処療法的にいい人材の採用が一度成功したらそれでよいということではなく、そもそもよい人材が集まる職場を増やしたり、地域で育った若者が「残りたい」「いずれ帰ってきたい」と思える仕組みづくりをしていくこと、の3つが必要と考えます。
「地域の人事部」は行政等の公共団体が主導するケースもあれば、企業数社が立ち上がり連携して運営するケースなどさまざまです。提供される事業内容も多岐にわたり、第3回で紹介したルーキーズカレッジ®のような合同研修会や企業と域外の人材をつなぐ複業兼業マッチングなど地域の特性に合わせたものが提供されています。
地域ぐるみで人の価値を最大化する「塩尻の人事部」
長野県塩尻市では、横山暁一さんが代表理事を務めるNPO法人MEGURUが中心となって「地域の人事部」を関係者と協働し、活動を行っています。
塩尻市は人口約6.5万人。雄大な自然に囲まれて育ったぶどうを使って作る塩尻ワインが特産で、国内外に評価が高く、市内には15カ所のワイナリーがあります。東海道の中間に位置する宿場町で、古くから交通の要所として産業が発展してきました。
横山さんがMEGURUを立ち上げるきっかけとなったのは、大手人材会社に所属しながら塩尻市の地域おこし協力隊として活動した経験でした。塩尻商工会議所に在籍し地域企業を支援していくなかで、その課題の多くが採用・人材育成に関するものであり、既存の人材サービスが地域企業の課題解決として合っていなかったこと、そして個社支援の限界に気付きます。さまざまなステークホルダーとコミュニケーションを図っていくなかでコンソーシアム構想に行き着き、2020年にNPO法人MEGURUを立ち上げ「地域の人事部」として活動を始めます。

引用 | NPO法人MEGURU
MEGURUが行政、商工会議所、教育機関、金融機関などをつなぐハブとなり、塩尻の人事部として「企業の採用支援や管理職・経営者向けの研修」「インターンシップ受け入れや中学高校のキャリア教育」と幅広い事業を展開しています。域外の事業者とも連携して多様なサービスを行い、当社も塩尻ルーキーズカレッジ®として会社の垣根を超えた地域同期ネットワーク形成を目的に、新入社員研修を提供しています。
そのような一連の取り組みにより、外から塩尻の企業やプロジェクトに関わる関係人口が数多く現れ、多様な人々と関わっていくなかで徐々に企業側の意識や行動に変化が生まれました。
地域としてこの取り組みを持続的なものにすべく、全国初の試みとして2024年7月に塩尻市やMEGURUをはじめとした11団体で「地域の人事部」連携協定を締結しました。市の総合計画を実現する基本戦略として「地域の人事部」を位置づけ、働くことを通じた市民の幸福度向上を掲げています。
塩尻全体が域外の多様な人材、地元で学ぶ学生から選ばれる地域となることは、地域企業にとってもプラスに働くのは間違いありません。その時、人材から選ばれる企業となるためには自助努力…人的資本経営の考え方が必要不可欠となります。

引用 | 塩尻市役所
地域の人材課題を、みんなで考える問題にする「三条みらい人材会議」
「地域の人事部」の活動の広まりとともに、私のもとに届く相談も年々増えています。そこでよく伺う話が「地域の人事部を立ち上げたいが何をすればいいか」「地域の人事部を始めたいけれど、運営主体となる事業者がいない(民間発であれば行政を巻き込めない)」というものです。こうした状態から始められる第一歩として、新潟県三条市でスタートした取り組み「三条みらい人材会議」を最後にご紹介します。
「三条みらい人材会議」は三条市が2023年に策定した「三条市経済ビジョン」を具体化し、地域に波及させるための試みとしてつくられた新しい会議体です。私もコーディネーターとして参画し本会議の構成やプログラムを一緒に考えています。
三条みらい人材会議は、
- 三条の人材戦略と未来を語る
- 産官学みんなの力で三条の未来を共創する
- 三条の未来を創造する人材を発掘する
の3つの理念を掲げています。従来の行政主導の経営支援の取り組みを超え、当事者である地域企業をはじめ教育機関なども交えながら、皆さんで地域の人材の課題と未来を描いていく共創と対話の場です。

筆者撮影

2024年11月11日に開催した第1回は90名近くの方が集まり、全国の地域の人事部の事例と取り組みの必要性を学び、三条市の現状について意見交換を行いました。立場を超えてフラットに対話が行われましたが、互いが何を感じているのかを率直に共有すること自体に価値があり、多様な意見に触れることで目先の自分たちの課題から地域全体の問題へと視座が上がったのではないかと思います。アンケートには会議への期待と、時間が足りなかったという前向きな感想が多数寄せられました。
今後どのような形で発展していくかは未知数ですが、地域に変化の兆しを示す取り組みとしては十分であり、この場で生まれたつながりは「地域の人事部」はじめさまざまな事業の土台となっていくのではないでしょうか。
いま、地域必要なのは希望の火を灯すような試みです。ビジョンを語り合うことによって生まれるエネルギーが、変化への原動力になると信じています。
地域の未来を考えるのは、行政だけの仕事ではありません。
限られたパイを奪い合う「競合競争」の関係から、ともにパイを大きくしていく「協働共創」の関係に向けて、地域や産業の未来をみんなで考えるところから始めてみませんか?
【参考・出典】
関東経済産業局「地域の人事」
地域人事部アライアンスネットワーク
NPO法人MEGURU
塩尻市役所 HP
三条市公式note
\山本氏コラムスピンオフセミナー動画無料公開/

【HRナレッジセミナー】
選ばれる「地域企業」になる、ローカル人事戦略
Profile

Inquiry合同会社 代表社員CEO
ラーニングデザイナー
山本 一輝 氏
株式会社リクルートにて教育機関の広報や組織開発、高校の進路講演講師を担当。仕事の傍ら東北被災地域の若者のキャリア教育やまちづくり活動に参画し、地方創生のリアルを学ぶ。2016年に独立、2021年にInquiry合同会社を設立。人を起点とした持続可能な社会づくりをテーマに、中小企業の戦略人事や組織開発の伴走支援、産官学の人材育成に関する企画コーディネートの他、研究者として人と組織の学習について探究し現場への応用実践を繰り返す。2022年4月、全国の地域の人事部団体の協働共創を生む繋がりを目的とした互助団体「地域人事部アライアンスネットワーク」を発足、現在16団体が加盟し活動中。
- 記事をシェアする