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【ナレッジコラム】
「社労士がHRに伝えたい!キャリアも私生活も大切にした働き方の実現」 vol.002
法改正を機に改めて考える男性の育休

公開日:2023.06.26

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【ナレッジコラム】 「社労士がHRに伝えたい!キャリアも私生活も大切にした働き方の実現」 vol.002 法改正を機に改めて考える男性の育休

社会保険労務士法人グラース 代表
新田 香織 氏

さまざまなHRエキスパートによるナレッジをお伝えするコンテンツ『ナレッジコラム』。
社会保険労務士法人グラース 代表 特定社会保険労務士の新田 香織氏による「今必要な社労士からみるHR」についてのメッセージを4回連載でお届けします。

法改正を機に改めて考える男性の育休

令和4年4月から改正育児・介護休業法が施行され、私の周りでも育児休業を取得する男性が徐々に増えてきました。皆さまの会社ではどのように受け止めているでしょうか?

社会保険労務士(以下、社労士)として私は中小企業の皆さまと接する機会があり、今回の法改正への対応に困惑しているたくさんの事業主の方に出会ってきました。特に人員体制に余裕がない職場では、社員が長期間休むため、業務に対する不安の声を聴きます。
反対に育休が取得しやすい環境を作ることが人事戦略上必須だと考えている会社では、法改正の内容を社内周知することでさらに取得しやすい環境になっていますので、法改正をどのように受け止めるかによって会社の対応には大きな違いが出ていると感じます。

国の少子化対策として今後も子育て世代の働き方に対し会社はさまざまな措置を求められることが予想されますので、法違反にならない範囲で対応していてもきりがありません。むしろ今回の法改正を味方につけて、従来の業務体制そのものを見直し、子育て世代だけでなく全社員が私生活を大切にした働き方に変えていくという発想に切り替える方が建設的ではないでしょうか。

今回のコラムでは、改正育児・介護休業法の概要、男性育休の課題と推進アイディアについてお伝えします。

法改正の概要

法改正の施行時期と内容については以下をご覧ください。

今回の改正は、以下の3つがポイントです。

  1. 会社から該当する社員へ育休の説明をすることで育休を取りやすい環境を義務化したこと
  2. 硬直的だった育休を柔軟に取得できるようにしたこと
  3. 規模の大きい企業に男性育休等の取得率の公表を義務化したこと

特に「02.硬直的だった育休を柔軟に取得できるようにしたこと」の例として、産後8週間以内の育休を促すために「産後パパ育休」を創設したことで子の出生後に1週間休んだ後に職場復帰して数週間働き、その後再び3週間休業することも可能になりました。また休業期間中でも一定の要件のもと働くことも可能です。つまり休業による業務への支障が少なくなるように制度設計されていますので、休業する従業員にとっても会社にとっても育休へのハードルが下がったと感じる人が多いのではないでしょうか。の例として、産後8週間以内の育休を促すために「産後パパ育休」を創設したことで子の出生後に1週間休んだ後に職場復帰して数週間働き、その後再び3週間休業することも可能になりました。また休業期間中でも一定の要件のもと働くことも可能です。つまり休業による業務への支障が少なくなるように制度設計されていますので、休業する従業員にとっても会社にとっても育休へのハードルが下がったと感じる人が多いのではないでしょうか。

男性育休の取得状況と特別休暇の検討

厚生労働省の令和3年度の調査では、男性で育休を取得した人の休業日数は5日以下が25%、6日~2週間以下が26.5%ですので、取得者の半数が2週間以内の育休だということがわかります。一方で女性の8割以上が10ヵ月以上の休業を取得していますので、育児・介護休業法の制度上は男女半々で取得することもできますが、現時点では妻が休業している間に、一定期間夫が重ねて育休を取得し、2人で育児をしていると考えられます。

育休中に会社からの給与は通常支給されませんが、要件に該当すれば雇用保険から給付金が支給されます。しかし給与の全額は補償されないため、収入は減ってしまいます。そのため、育児・介護休業法の育休とは別に、出産~未就学までの期間で育児や子どもの行事参加など育児目的に利用できる有給の特別休暇の導入を検討してもよいかもしれません。

法改正により令和5年4月から1,000人を超える規模の会社では男性の育休取得率等の公表が義務化されました。取得率算出の際には育児目的での特別休暇の利用者も含めることができるため、大企業を中心に育児目的での特別休暇を導入する会社が増えてきました。また、特別休暇は法律による縛りがありませんので、日数や要件などは会社が自由に制度設計できるという点も魅力的です。

また、社労士として産育休にかかわる社会保険の手続きを進める中で感じることですが、法改正によって育休が柔軟に取得しやすくなる一方で手続きの煩雑さは増しています。特に顧問社労士がいない中小企業では、事業主や担当者が産育休の複雑な手続きをすることになるため、かなりの負荷がかかります。その点、特別休暇であれば社会保険の手続きは不要になりますし、従業員にとっても収入を減らすことなく休めるというメリットがあります。

※参考:厚生労働省 | 事業所調査結果概要

男性育休を阻むもの

内閣府の調査によると、第一子が生まれても育休、有給休暇、特別休暇などを利用しなかった男性は68.3%という結果でした。その理由として「仕事が忙しく、休むことができなかった」を挙げた人は36.1%と一番多く、「育休を取得すると、周囲の迷惑になると思った」(26.7%)も多い回答でした。つまり、業務多忙と周囲へ迷惑をかけてしまうことが大きな壁になっていることがわかります。

では育休中の仕事はどうしているのでしょうか。育休中の仕事については以下の図のように、短い休暇や、仕事の内容、性質によっては他の人に引き継ぎがなかったケースが多いのですが、引き継いだ場合は同じ部門の正社員に業務を担当してもらうケースが多いことがわかります。

※引用:内閣府 | 「男性の育児休業取得が働き方、家事・育児参画、夫婦関係等に与える影響」2017年3月

業務の中には専門知識が要るもの、複雑で簡単には引き継げないものなどが含まれていますので、引き継ぎが必要な業務がある場合は、派遣スタッフなど臨時にかかわる人よりもある程度業務を理解しているためだと考えられます。

しかし他のメンバーも自分の業務で忙しい状況ですので、必ずしも快く育休中の社員の業務を引き受けているとは限りません。俯瞰 ふかん して考えれば、育休に限らず介護や病気、その他の事情等により職業人生の中で休むことなく完走できる人などいないとわかるはずなのですが、休職者の仕事が加わって業務多忙になる当事者にしてみれば「お互いさまだから」と素直に思えないことがありますので、悩ましい問題です。

メンバーへの還元を検討する

三井住友海上火災では、会社全体で育休を快く受け入れる職場風土醸成のために令和5年7月から育休を取得する社員の職場の人数に応じて育休者以外の全員に3,000円から100,000円の一時金(育休職場応援手当)を支給することを発表しました。

※引用:三井住友海上火災保険株式会社 | 2023年3月17日ニュースリリース

また育休や時短勤務中の社員の業務を負担した社員に、賞与や報奨金を支給している会社もあります。
私見とはなりますが、今後育休を取得したい人や育児のために時短勤務を選ぶ人が増えていくにつれて同じ会社で支えている社員の理解がますます重要になりますので、そういう意味でも手当などを支払う方法は有効な策の一つであると考えます。

しかし、特に男性育休推進に後ろ向きな中小企業の中には、資金そのものに余裕がない会社も多いと思われますので、公的な補助が必要かもしれません。厚生労働省から支給される両立関係の助成金を活用するという方法もあるのですが、顧問社労士がいない企業にとって助成金の申請は書類の作成が煩雑なため、申請を諦めてしまう会社も少なからず存在しているのではないでしょうか。

労働者の生活保障を目的とした雇用保険から出すかどうかは議論の余地があるとは思いますが、例えば簡易な補助金の支給方法として、雇用保険の育児休業給付金を申請する際に、本人口座と共に事業主の口座にも補助金が支払われるような仕組みなどがあれば、その補助金をもとに会社が育休中の社員の業務を負担した人への手当を支給することができますし、臨時雇用者の採用にかかった費用にも充てることが可能になるのではと考えます。

会社から支援される育休とは ~「育休」から「育業」へ ~

現状では、「育児は女性が行うもの」という無意識の思い込みがある会社や家庭が多くあることは否めません。法改正で男性が育休を取得しやすくなったかもしれませんが、忙しい現実からの逃避が育休の目的であったり、妻がやっている育児をお手伝いする程度のものだったりするようでは、いつまでたっても男性育休は職場で支援されないのではないかと思います。

東京都では育休を「育業」と呼んで啓発していますが、育休は育児を主体的に行い、次世代を育て、夫婦のキャリア構築の一助となる期間として考えていることが伝わってきます。また育休の希望はなるべく早い時期に会社に伝えることや、余裕を持って業務の引き継ぎを行うことで、会社の協力が得やすくなり、結果として育休中の不安が軽減されるでしょう。こうして職場メンバーに支えられながら育休を有意義に過ごした後に職場に復帰する日には、すべての社員に大きな声で「ありがとうございました!」と言える明るい職場を目指したいものです。

育児・介護休業法の改正によって育休が取得しやすい環境は整ってきていますが、人員体制や周囲の理解などを考えるとHR担当としてまだまだやることがありそうです。子育て中の社員に対する直接的な支援に留まらずダイバーシティの視点で会社全体への働きかけを行うことが重要です。

Profile

社会保険労務士法人グラース新田 香織 氏

社会保険労務士法人グラース 代表
特定社会保険労務士
新田 香織 氏

大学卒業後、化粧品会社および専門商社を経て2006年から4年間、厚生労働省東京労働局にて次世代法(くるみん)を担当し、2010年に開業、現在に至る。 ダイバーシティ全般を専門分野とし、仕事と育児・介護の両立、女性活躍、テレワーク導入、ハラスメント防止等の研修およびコンサルティングを多数実施。 また、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業」検討会委員、厚生労働省「特に配慮を必要とする労働者に対する休暇制度普及事業」検討会委員、内閣府「子供と家族・若者応援団表彰」選考委員等を歴任。 著書に『さあ、育休後からはじめよう』(労働調査会)等がある。

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