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【ナレッジコラム】
「社労士がHRに伝えたい!キャリアも私生活も大切にした働き方の実現」 vol.001
男性の育休を会社が推進するそもそもの理由

公開日:2023.05.15

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【ナレッジコラム】 「社労士がHRに伝えたい!キャリアも私生活も大切にした働き方の実現」 vol.001 男性の育休を会社が推進するそもそもの理由

社会保険労務士法人グラース 代表
新田 香織 氏

さまざまなHRエキスパートによるナレッジをお伝えするコンテンツ『ナレッジコラム』。
社会保険労務士法人グラース 代表 特定社会保険労務士の新田 香織氏による「今必要な社労士からみるHR」についてのメッセージを4回連載でお届けします。

男性の育休を会社が推進するそもそもの理由

「結婚したら家庭に入るべき」「子どもができたら母親が育児をするべき」という無意識の偏見により、長い間仕事と家庭の両立は専ら「女性」の問題でした。私も一人目の子を出産した時には1年間の育休を経て職場復帰したものの、家庭を最優先していたため、結局は退職を選んだという経験があります。しかし、退職して初めて「仕事が好きだった」「これからも仕事をしたい」と気づいたため、社会保険労務士(以下、社労士)の資格を目指し勉強をしました。そして翌年、何とか合格することができ、東京労働局で次世代育成支援対策推進法に携わった後開業し、今に至っています。こうした経緯から、私は社労士の立場から多様な人が活躍できる職場づくりに貢献したいと考え、かれこれ20年、両立支援、女性活躍、テレワーク、ハラスメント防止等を中心としたコンサルティング、事業主や従業員対象の研修を主に行っています。

本コラムでは、社労士として、小規模零細から大企業に至るまでのコンサルティングや研修を通して感じてきたことなどを含め、男性も女性も子育てをしながら働くことが当たり前の社会になることを願い、お伝えしたいと思います。

少子化は何が問題なのか

1970年頃から始まった少子化に歯止めがかかりません。先日発表された2022年の出生数は79.9万人※1で、統計開始以来では最少記録を更新し、当初の予定より11年も早く80万人割れの状態になっている※2ことがわかりました。少子化対策は待ったなしの状況にきていることから、国は強力に子育て支援を進める方針を打ち出したところです。今後の施策の内容次第では、HRの対応が求められることになるのではと思います。

2024年には日本の人口に占める65歳以上の割合は約30%、2060年には約40%になり、今後40年で人口は3割減少すると予想されています。※3さらに今後50年で人口は3分の2になるとも言われており、少子高齢化がこのまま続けば経済が縮小するため、人口が少ない地域では倒産・廃業する会社が増えると推測されます。その結果、若年層は人口と産業が集中する都市部に移動するため、人口流出の激しい地域は医療・福祉・経済が機能しなくなるでしょう。こうした不安定な社会では、ますます少子化が進むことが危惧されています。ちなみに少子高齢化は世界各国でも課題になっていますが、先頭を切って急激に突き進んでいるのが日本と言われています。
会社が存続・発展するために欠かせない市場が縮小していくということを長期的視点で俯瞰してみることで、少子高齢化がどれだけ会社の将来に大きな影を落とす問題なのかがわかると思います。

一方で、変化が激しい社会の中では、会社は短期的視点を持って今直面している危機に対応していかなければならない側面も持ち合わせていますので、人口がどうなるとか、地方創生がどうなるという説明では響かないとも感じています。特に多くの中小企業では、少ない人員で運営する中で、戦力である男性が育休を取得することは大きな障壁であるかもしれません。そのため、会社にとって男性育休はどういった意味を持つのかに目を向けてお伝えいたします。

女性活躍と男性育休推進の関係

男性は仕事中心、女性はたとえ働いていても家事・育児を担当するという夫婦間の役割分担が明確であればあるほど、育児中の女性は自分自身のキャリアについて消極的になるようです。フルタイムで残業ができるなど、制約のない働き方を求める職場では、時間制約がある育児中の従業員は補助的な仕事に就くことが多く見受けられます。そのため責任ある仕事を任されたり、大きな仕事をやり遂げる経験をする機会が少なくなりがちです。こうした状況が続くうちにキャリアに対する諦めが生まれ、職場と距離を置いた働き方をする方もいます。一昔前の両立支援は育児をしながら働く女性を擁護していたので、これで良かったのです。しかし少子高齢化社会の進行とともに、これまで何らかの制約があって活躍できなかった人たちが、能力発揮できる職場に変えていくことを目的に女性活躍推進法が施行されました。女性にもさまざまな機会を与え、育成し、管理職を増やそうという流れになり、子育て中の女性にとっては戸惑うことばかりです。

※参照:内閣府 | 仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)レポート 2019

内閣府の調査では、夫の家事・育児時間が長いほど妻が就業を継続しているということがわかりました。実際に私が企業研修やコンサルティングをしていると、夫が家事・育児に深く携わっている人ほど自身のキャリア展望を持っている人が多いと感じることがたびたびあります。

日本は世界的にみても教育・学習レベルにおいて男女の差がない国であるのに、経済界では勤続年数、平均賃金、管理職比率等で大きく差が開いています。※4つまり女性の能力を活かすことができていないということです。そしてその社会的背景には家庭内の明確な性別役割分業制があります。そのため、男性の家事・育児への関わりは、女性活躍に欠かせない要素にほかならないと考えます。

※4 世界経済フォーラム発表の「ジェンダーギャップ指数2022」では、日本は教育分野では146か国中1位、経済分野では121位となっており、教育分野では男女分け隔てなく各種機会が与えられ、成果も同等であるのに対し、経済では大きく差が開いています。

今求められているのは、男性育休がかなう会社

これまで男性が育休を取るという発想自体がない会社、人手不足で女性の育休すら考えられない会社を多く見てきました。少ない人数の中で1人欠けると戦力が落ち、その分他の人に負荷がかかってしまいます。日々の業務に対応することで手いっぱいで、充実した福利厚生・制度を備えられない中小企業では特にその傾向がみられます。業務の外注や臨時に人材を雇うことを検討してみても、コストがかかることや、複雑な業務を臨時雇用者に任せることができないため、結局は育休の承認と引き換えに泣く泣く受注量を減らすという選択をした会社もありました。つまり、法的には男性育休は権利として行使できますが、現場では受け入れがたい事情があり、これまで育休の取得を諦めてきた男性は多かったと思われます。
しかし2022年から施行された育児・介護休業法改正以後、「男性育休」は着実に広がりを見せています。男性育休取得率は、2025年に35%、2030年に85%の目標にするとの意向が示されました。つまり男性の育休が取れない会社は肩身の狭い想いをする現実が迫っているということです。今のところ、男性育休は1カ月以内を希望する人が多く、中には1週間や2週間という人もいます。この期間の休業は以前からずっと言われていた介護に直面する従業員が今後出てくることを想像すれば、業務改善のきっかけであると捉えた方が賢明ではないでしょうか。
また、高齢化と共に65歳以上の人材を雇う会社が増えてくると思いますので、こうした時間制約や休業の危機は男性育休に限ったことではないと気づくと、男性育休に対しもう少し前向きになれるのではないかと思います。

男性育休の推進は人事戦略にほかならない

1999年に施行された男女共同参画社会基本法では、目指す社会を「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」と定義しています。施行から四半世紀近く経ってもなお目指す姿には達していませんが、浸透はしてきました。特に若年層の中には、性別で分けることに抵抗を感じる人が多くいます。私生活もキャリアも社会の対等な構成員として、自らの意思によってその関わりを決めていける職場こそ次代を担う若年層から選ばれる魅力的な会社なのではないかと考えます。

会社経営を行う上では、目の前の課題解決と男性育休に伴う短期的なデメリットとの折り合いに悩むことがあるかもしれません。しかし自社以外でどういう変化が起きていて、今後どうなるかという視点も併せ持って男性育休を俯瞰して考えることは、とても重要だと感じます。
多くの会社と関わってきた社労士として、一括りに「男性育休はその気になれば中小企業でも取れます!」と断言できるほど容易でないことも理解しているつもりです。
この点については、政策的支援、会社の努力、周囲の理解、そして育休取得者自身の意識が必要であると思います。そこで、次回のコラムでは改正育児・介護休業法のポイントと男性育休が持続可能なものとして定着するためのヒントについてお伝えします。

Profile

社会保険労務士法人グラース 新田 香織 氏

社会保険労務士法人グラース 代表
特定社会保険労務士
新田 香織 氏

大学卒業後、化粧品会社および専門商社を経て2006年から4年間、厚生労働省東京労働局にて次世代法(くるみん)を担当し、2010年に開業、現在に至る。 ダイバーシティ全般を専門分野とし、仕事と育児・介護の両立、女性活躍、テレワーク導入、ハラスメント防止等の研修およびコンサルティングを多数実施。 また、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業」検討会委員、厚生労働省「特に配慮を必要とする労働者に対する休暇制度普及事業」検討会委員、内閣府「子供と家族・若者応援団表彰」選考委員等を歴任。 著書に『さあ、育休後からはじめよう』(労働調査会)等がある。

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