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【ナレッジコラム】
マネジメントの未来価値探求vol.006
ウェルビーイングなマネジメントの実践 ~はたらく人の幸せに、マネジメントは不可欠だ~
公開日:2026.06.24
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ナラティブ・エル・セッションズ合同会社 代表
著者/組織開発・人材開発コンサルタント
成瀬 岳人 氏
HRエキスパートのナレッジをお伝えする『ナレッジコラム』。著者/組織開発・人材開発コンサルタントで、マネジメントの探究コミュニティ「Narrative“L”Sessions」を主催する成瀬岳人氏による「マネジメントの未来価値」について6回連載でお届けします。
最終回となる今回は「ウェルビーイング・マネジメント ~はたらく人の幸せに、マネジメントは不可欠だ~」です。
▼バックナンバーはこちら
vol.001:マネジメント・キャリアに陽を当てる ~人と組織を幸せにできる管理職の可能性~
vol.002:指示・命令は時代遅れ? ~組織を活かす「対話の力」の本質~
vol.003:1on1の真価 ~ただの「傾聴」で終わらせず、組織の成果につなげる個別支援の技術~
vol.004:マネジャー自身のキャリア自律 ~他者の成長支援が自分の可能性を拓く~
vol.005:AI協働マネジメント ~テクノロジーが進化するほど、人間力が輝くわけ~
「ウェルビーイング」とマネジメント
ウェルビーイング。この言葉を聞いて、皆さんはどう感じるでしょうか。
端的に言えば、ウェルビーイングとは、人が「より良い状態」でいることです。WHO(世界保健機関)が定義する健康の概念にも含まれる、極めてシンプルな概念です。身体的にも、精神的にも、社会的にも満たされた状態。それは施策やKPIで管理するものというよりも、人として、あるいはチームとして「より良い状態」であること、そのものを指しています。
なぜ、この連載の最終回でウェルビーイングを取り上げるのか。それは、ウェルビーイングがマネジメントの未来価値を再定義する可能性を秘めた概念だからです。ウェルビーイングは「新しく取り組むべき何か」ではない。私たちがマネジメントを通じて、ずっと追い求めてきたもの。メンバーが活き活きと働き、チームが良い成果を出し、一人ひとりが「この仕事をしていてよかった」と思える状態。その状態に、ようやく名前がついたということだと考えています。
なぜウェルビーイングが、マネジメントの「未来価値」にとって重要か
私は2025年4月から、武蔵野大学 ウェルビーイング研究科(修士課程)で学び、研究に取り組み始めています。実務家として約20年間マネジメントの現場を歩んできた私が、なぜ今、ウェルビーイングを研究するのか。それは、実践の中で直感的に感じていた「良いマネジメントが人と組織を幸せにする」という感覚的な実践知に、学術的な裏付けを与え、それをまた、さまざまな現場に還元していきたいと考えているからです。本研究科で出会った、ウェルビーイングの専門家である前野隆司教授がよく言われる言葉です。それは「利他的な人はウェルビーイングである」というもの。前野先生が繰り返し語るこの言葉に触れた時、私の中で、今までの実務経験とこれまでの連載で積み重ねてきた思索が、ひとつにつながりました。
「マネジメントとは、最も利他的な行為ではないか。」
チームで共通の目的に向き合い、助け合うこと。メンバー一人ひとりの可能性を信じ、引き出すこと。誰かの成長に伴走し、その人の役に立つために自分の時間とエネルギーを注ぐこと。マネジメントの営みは、「他者のために」「組織のために」「顧客のために」「社会のために」という利他性に貫かれています。日々の現場で「このメンバーをどう成長させるか」「チームで何を成し遂げるか」と真剣に向き合い続ける。その利他的であろうとする意志こそが、マネジメントの核にあるものだと思うのです。そして、利他的な人がウェルビーイングであるなら、利他的であろうとし続けるマネジメントの営みそのものが、マネジャー自身のウェルビーイングも高めていく。ここに好循環が生まれます。
マネジメントとは、組織の目的に向き合い、組織のために力を尽くすことで、自分自身も幸せになれる。そういう構造を持った機能であり、役割とは捉えられないでしょうか。
だからこそ、ウェルビーイングはマネジメントの未来価値にとって重要なのです。ウェルビーイングという視座を持つことで、マネジメントという仕事の意味が、「管理する人」から「人と組織のより良い状態をつくる人」へと転換する。その転換が、マネジメント・キャリアの価値を根本から高めていくのです。
この方向性は、私個人の理想論ではありません。国際社会がすでに動き始めています。2024年9月の国連未来サミットでは、GDPだけでは測れない豊かさや幸せを評価するための「Beyond GDP」指標の策定が合意されました。この合意を受けて、2025年5月に国連事務総長のもとに独立専門家グループが設置され、2026年5月にはその最終報告書「Counting What Counts」が公表されました。その中で提案された概念的枠組みの中核にあるのは、「公平で、包摂的で、持続可能なウェルビーイング」です。経済的価値だけでなく、人の幸せと地球の持続可能性を同時に追求する。そうした世界的な潮流の中に、このウェルビーイングなマネジメントも位置づけられていくのです。
これまでの連載で探究してきたもの
ウェルビーイングの専門家である前野隆司教授は、さまざまなウェルビーイングに関する研究に取り組んでいます。その中のひとつに、幸せを構成する要素を4つに分類した「幸せの4つの因子」があります。4つの因子とは、1.「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)、2.「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)、3.「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)、4.「ありのままに!」因子(独立と自分らしさの因子)です。この4つの因子がバランス良く満たされている人は、幸福度が高いとされています。この「幸せの4因子」を引用して、これまでの連載全体を振り返ってみたいと思います。
※図:前野隆司 「幸せの4因子」を元に筆者作成
Vol.001で語った「良いマネジメント体験の伝播」。今振り返ると、あの体験の中に、前野先生の4因子がすべて含まれていました。そこで登場した佐藤さん(仮名)が挑戦を後押ししてくれた体験は「やってみよう」。Vol.002の鈴木さん(仮名)が厳しさの中で共に前を向いてくれたのは「なんとかなる」。Vol.003の個別支援を通じて創り上げたチームを動かす原動力になったのは、感謝とつながりの因子である「ありがとう」。そして、Vol.004で語ったマネジメント自身のキャリア自律は、「ありのままに」を表しています。Vol.005のAI協働マネジメントは、「やってみよう」をまさにこれからチャレンジしていく内容そのものだと言えます。
こう振り返ってみると、より良いマネジメント体験が伝播するのは偶然ではなく、あのマネジメント体験は、私の中にウェルビーイングの因子を育ててくれていた、とも言えます。
マネジメントの役割は、「チームで成果を出すこと」です。ただし、ここでいう「成果」とは業績だけのことではありません。チームが存在する共通の目的を、チームの全員で共創し、実現することです。この連載の最終回で問うのは、その共通の目的を果たした先に、何が生まれるのかということです。
私は、その目的の先にあるものがウェルビーイングだと考えています。共通の目的に向かい、一人ひとりの存在意義が実感され、役割が承認され、つながりがある―その時、チームは自然と「より良い状態」になる。ウェルビーイングは「つくるもの」というよりも、良いマネジメントの自然な結果として「生まれるもの」なのです。
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。チームがウェルビーイングな状態であること自体は、最終的なゴールではありません。ウェルビーイングなチームは、社会のウェルビーイングを創りだす起点になる。これがビジネスの世界において、ウェルビーイングを扱う上で重要な構図だと考えます。チームが「より良い状態」で仕事に向き合い、その仕事を通じて顧客や社会に価値を届ける。経済的価値はその過程で生まれるものであり、目的そのものではありません。Vol.001で「目的と業績の順番を間違えない」と語りましたが、それと同じことが、もっと大きなスケールで言えるのです。私たちは、社会全体、ひいては地球環境まで視野に入れて、今だけではなく未来にもウェルビーイングな社会をつないでいくことが求められている。これは、SDGs、ESG投資をはじめとして、企業価値そのものに直結するテーマとなっています。この目的に向けて組織をリードしていくマネジメントという機能・役割は、単に数字成果や業務目的を果たすための管理機能、役職だけではなくなってきているのです。
「ウェルビーイングなマネジメント」を実践するために
では、「ウェルビーイングなマネジメント」を実践するために、具体的に何をすればいいのか。この問いに対して、私は安易に唯一の正解を示すべきではないと考えています。
なぜなら、ウェルビーイングとは何かは、マネジメントの対象となる組織やチームによって異なるからです。あるチームにとっては「新しい挑戦ができること」が、別のチームにとっては「安定した環境で一人ひとりが力を発揮すること」がウェルビーイングかもしれません。事業のフェーズ、メンバーの構成、組織文化によって、「より良い状態」の中身は変わります。
「ウェルビーイングをマネジメントする」と、「ウェルビーイングなマネジメントをする」は、似ているようで、まったく異なります。
前者は、ウェルビーイングをKPIとして数値管理し、施策を実施し、効果を測定するアプローチです。エンゲージメントサーベイの導入、ストレスチェック、健康経営の認定。これらは組織として必要なことです。しかし、それだけでは本質に届きません。後者――「ウェルビーイングなマネジメント」とは、チームの目的を共創し、メンバーをパートナーとして扱い、一人ひとりの存在意義・役割・つながりが自然に育つ場をつくることです。これは、Vol.001から語ってきた「より良いマネジメント体験」そのものです。
具体的な実践のヒントとしては、2024年11月に発行された国際規格ISO 25554:2024(高齢化社会―地域や企業等におけるウェルビーイング推進のためのガイドライン)があります。日本発の提案により策定されたこの規格は、組織がウェルビーイングを推進するためのプロセスやガイドラインを示しています。注目すべきは、この規格が「ウェルビーイングとは何か」を定義していないことです。取り組むべきウェルビーイングコンセプトと、その実現のための施策・指標は各組織が自ら対話的に検討し、設計する仕立てになっています。こうした国際的な枠組みが整い始めていることは、ウェルビーイング経営がこれから本格的に広まっていく兆しと言えるでしょう。
※図:ISO25554:2024の図を元に筆者作成
これまでの歩みは、無駄ではない
このような新しい用語が実務現場に展開されることについて、「また何か始まった・・・」と思った方もいるかもしれません。働き方改革、DX、エンゲージメント、人的資本経営、そしてウェルビーイング――次から次へと新しいキーワードが降ってくる。正直なところ、現場は疲弊しているかもしれません。
しかし、私はこう思うのです。その一つひとつの取り組みのたびに、より良い組織は確実に増えてきたのではないかと。エンゲージメントサーベイで意識してきた要素は、ウェルビーイングの実践においても無駄にはなりません。働き方改革で整えた環境は、多くの人がそれぞれの働き方で力を発揮するための土台になっています。人的資本経営で「人の持つ能力こそが投資すべき資本だ」という考えが広まったことで、人への投資は加速し、成長機会が増え、自律的なキャリアを歩む人も増えています。
時に行き過ぎて「ホワイトすぎる」と言われることもありました。でも、そうやって試行錯誤しながら、学習しながら、働き方や組織は少しずつ良くなってきている。私はそう信じています。大切なのは、唯一の正解を求めることではなく、「私たちのチームにとっての幸せとは何か」という問いを持ち続けることです。完璧な答えは必要ありません。その問いを持ち続けるマネジメントのもとで、人は自然と力を発揮し始めます。ウェルビーイングについて考え続けること自体が、マネジメントをより良いものに変えていくのです。
より良いマネジメント体験の伝播が、社会のウェルビーイングになる
マネジメントは、目の前のチームの中だけで完結するものではありません。ウェルビーイングなチームが生み出す価値は、顧客へ、社会へ、そして未来へと波及していきます。多くの企業や組織が、短期的な業績成果だけではなく、その積み重ねと継続の先に「より良い社会をつくろう」「次の世代に持続可能な未来を残そう」という意志を込めた仕事を増やしていくこと。そうした仕事が広がれば、ウェルビーイングな人と組織は確実に増えていきます。
そのために、私は「マネジメント」という機能・役割は不可欠だと確信しています。チームのウェルビーイングを起点に、社会のウェルビーイングを創りだし、未来につないでいく。その営みの中核にあるのが、マネジメントなのです。
最後に、この連載を読んでくださった皆さんに、ひとつお願いがあります。
マネジメントという仕事の意義や、やりがいを、ぜひ周囲に語ってください。
確かに、マネジメントにはつらいこともあります。大変な面も、割に合わないと感じることもある。それは否定しません。でも、それ以上にマネジメントの「光」の側面もあるはずです。チームで成果を出せた時の喜び。誰かの成長の瞬間に立ち会えた時の感動。メンバーの挑戦を後押しし、その人が自分でも驚くような力を発揮した時の誇らしさ。そして、人と真剣に向き合い続けることで、自分自身が人として成長していく手応え。
そうしたマネジメントの「光」の部分を、もっと今のマネジメント実務者が語っていくこと。
それが、周囲のメンバーのマネジメントへの関心を高め、「自分もチームのために何かできるかもしれない」という意識を育てます。マネジメント機能の一部を共に担う仲間が増えれば、マネジメントは罰ゲームではなくなるのです。
あなたの中にある「良いマネジメント体験」を、もう一度思い出してください。そしてその体験を、今度はあなたが誰かに手渡す番です。それは「管理職」という肩書きがなくてもできることです。対話を通じて相手の存在を認め、挑戦を後押しし、つながりの中で共に前に進む。その一つひとつが、マネジメント機能への参画であり、誰かのウェルビーイングを育てる利他的な行為なのですから。
はたらく人と社会の幸せのために、マネジメントは不可欠だ。
マネジメントこそ、利他的で、ウェルビーイングな仕事である。
【参考文献】
武蔵野大学 ウェルビーイング学部 ウェルビーイング学科 前野 隆司 教授
「新時代を創造する ウェルビーイングな人を育てる」
産総研:ウェルビーイング重視社会への転換を促す国際規格ISO 25554が発行
United Nations, Report of the Secretary-General's Independent High-Level Expert Group on Beyond GDP: "Counting What Counts: A Compass of Progress for People and Planet" (2026)
Profile
ナラティブ・エル・セッションズ合同会社 代表
著者/組織開発・人材開発コンサルタント
成瀬 岳人 氏
22年間のサラリーマン経験を経て2025年4月に独立し、マネジメントの探求コミュニティ「Narrative "L" Sessions」を主宰。事業構想修士(MPD)と実務教育学修士(MPE)の二つの修士号を持つ。現在は一般社団法人プロティアン・キャリア協会CDOや「全員マネジメント」を標榜する株式会社NOKIOOのパートナー講師も務める。主な研究テーマは「ウェルビーイング」「マネジメント」「AI」。
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