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【ナレッジインタビュー】
ナラティブ・エル・セッションズ 成瀬氏
主語を“自分”から“チーム”へ
公開日:2026.06.11
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ナラティブ・エル・セッションズ合同会社 代表
著者/組織開発・人材開発コンサルタント
成瀬 岳人 氏
テクノロジーの進化、働き方改革、DX、副業──。マネージャーに求められることが増え続けるいま、何を軸にマネジメントをすれば迷わずにいられるのでしょうか。「マネジメントの未来価値」について、コラムを執筆いただいている成瀬氏に、ご自身のキャリアから、マネジメントを探求する背景までを語っていただきました。会社員としてのキャリアを積み重ね、組織開発・人材開発の最前線を走ってきた経験を踏まえ、マネジメントの原点と、近年たどり着いた「ウェルビーイング」というテーマについても伺います。
― 「マネージャーに必要な能力」とは、何でしょう。
マネージャーに必要な能力は、驚くほどシンプルです。結局、時代が変わっても「行き着くポイント」は変わらない。さまざまな企業の方々と関わらせていただく中で、最近あらためてそう実感しています。僕が最も大事だと思うのは、主語を「自分」から「チーム」に切り替えられるかどうかです。多分、この一点に尽きるのだろうなと。社会や組織の成熟に伴って、考えること・気を付けることがどんどん増えました。その「増えた要素」ばかりに目が行き過ぎて、肝心の軸を見失いやすくなっている──最近はそんなふうに感じています。
― では、その「増えた要素」とどう付き合えばいいのでしょうか。いま直面しているAI活用などもまさにそうですが、考えること、覚えること、対応することが変わったり増えたりしています。そこに対するマネージャーの「得意・苦手」の変化については、どう見ていますか。
難しさは、目の前の事象やスキルの変化だけでなく、会社から「求められること」自体に新しい要素が組み込まれていく点です。例えばAIでいうと、「もっと使え」という号令がかかれば「分かりました、使います」という人が増える。今度は、AIネイティブ世代が入ってきて「AIを使うことに、何か問題がありますか?」と当たり前のように問う。その世代への説明のすり合わせまで含めて、対応範囲が連鎖的に広がっていくんですよね。このように、変化が単発ではなく複合的に起きる状況に向き合うのは、やはり大変です。
― テクノロジーなどの変化は、これまでもずっと起きてきました。
だからこそ「チームで成果を出す」という主軸さえブレなければ、実はそこまで困らないとも思っています。自分を振り返ってみても、結局はその軸で動いていた気がします。逆に、表層的な流行や手段に振り回されたときに、うまくいかなくなった経験は確かにありました。
― 成瀬さんのキャリア(会社員から独立まで)について、あらためて教えてください。
僕は2003年に新卒で最初の会社に入りました。IT系の学部を出ていたので、当時は「ITの学校を出たならSEだよね」という空気があり、正直よく分からないままSE志望で就活していました。いま振り返ると、50社受けて適性検査で49社くらい落ちているので、たぶん根本的に向いていなかった(笑)。それでも1社だけ「コミュニケーションを大事にする」という会社に拾ってもらい、入社しました。その会社は中小企業で、比較的大手の企業から直接引き合いを得てシステムを作ることもあれば、マニュアル作成やシステム導入時のコミュニケーション(具体的には導入研修のようなこと)を担っていました。
新入社員の時の研修では、プログラミングもやるのですが、もう「できる気がしない」んですよね。同期が簡単なシステムを組んでいく横で、僕だけ無限ループにハマったりして・・・適性検査の結果って、本当に正しかったんだなと痛感しました(笑)。会社側も分かっていたのか、「文を書いたり、人と話したり、取材したりする側の『テクニカルコミュニケーション』という分野があるから、そちらに行く?」と言われ、その部門に配属されました。仕事自体は面白かったのですが、2000年代前半のIT業界はどこもかなり厳しかったと思います。夜遅くまではたらいて、家に週2回帰れたらいい、みたいな生活で。さすがにこれはきついと思い、3年は踏ん張りましたが、3年半で転職しました。自分自身がそういうはたらき方をし、心や身体を病んで辞めていく人も周りにいる。これが当たり前のようになっている世の中はどこかおかしい──ずっとそんな違和感がありました。いまみたいに頭の中が整理できていたわけではないのですが、「成果は出しているのに、誰も幸せそうじゃない」という感覚がありました。自分の体力も削れていくし、周りの人も消耗していく。これって何のための仕事なんだろう、と。
前職で毎晩徹夜しているような先輩がいたのですが、その先輩が転職後どうなったのか気になって、夜遅くに電話したんです。すると「まだ仕事中なんだよね」と言うので、思わず「変わってないじゃないですか」と突っ込みました(笑)。そうしたら、「いや、楽しくてしょうがない。世の中のために仕事してるって感じる」と言うんですよ。「どうしたんですか、変な宗教にでも入ったんですか?」って言ってしまいましたね(笑)。それが妙に引っかかって、2006年にその先輩が入った会社、インテリジェンス(現在のパーソルキャリア)の中途採用を受けに行きました。そして説明会に行ったら、そこで出会った人たちの魅力がすごかった。自分の話をちゃんと聞いてくれるし、前の会社では言われなかったような自分に対する厳しいことも、まっすぐ言ってくれる。「これは成瀬さんのために言うけど」と。出会って30分くらいで「この人たちとはたらきたい」と心が決まりました。
ただ、この時、初めて面接で落ちたんですよ(笑)。そこで人事の方に「どこでもいいので、どこかないですか」と食い下がりました。「何でもやります。何でもいいです」と。結果的に、当時まだ立ち上がり途中だったITエンジニアの人材派遣事業に営業として採用してもらいました。そこで最初に上司になった方のチーム経験が、いまでも僕のマネジメントの原体験になっています。メンバーの心をつかんで動かすのが本当に上手な人でした。忙しかったけれど、とにかく楽しかったですね。ただ、移り変わりの激しい時代だったので、そのチームは1年半くらいで解散しました。それでもいまも「最高のマネジメント体験だった」と言えるくらい、濃い経験でした。その後も派遣事業には6年ほど関わりました。もう一つ良かったのは、当時のインテリジェンスにはまだベンチャーっぽさと勢いがあって、リーマンショックなどがあっても「それでも何とかするんだ」という空気の中ではたらけたことです。あの経験はいまも効いています。
― 営業からコンサルタントのチームに変わられたのはその後でしょうか?
その後、アウトソーシング事業に関わる機会があり、そこで業務コンサルタントという仕事が会社にあることを知りました。コンサル担当がお客さまへ提案に行く際、私は営業担当として同席していたのですが、僕の仕事の仕方(お客様から案件をいただく)とは全然違って、初対面なのに「プロジェクトの経緯や現状を聞かせてください」と、その場で状況整理し「なるほど、ボトルネックはここですね。そのやり方だとうまくいきませんね」とお客様に提言しながら話を進めていく。こんなふうに仕事のあり方やプロジェクトのあり方を変えられるのだと目の当たりにしました。その後、異動にチャレンジできる制度に手を挙げ、2012年にそのコンサルタントのチームへ異動しました。
当時は少数精鋭で、まだ事業というよりアウトソーシング補助チームのような位置付けの、10人ほどのチームでした。そこでお客さま先に入り、後に新エネルギー事業立ち上げの初期メンバーになるような経験を積むことができました。領域はエネルギーでしたが、僕の中にはずっと「はたらき方を変える」というキーワードがありました。2012年ごろから展示会やカンファレンスに行って情報収集したりして、何かできないかと考えていました。いまでいう「ワークスタイル変革」の領域ですね。当時はユニファイドコミュニケーションなど、テレワークの前身になるような技術に触れて、「テクノロジーが進めば確かにはたらき方は変わる」と実感しました。はたらき方の変化には、「時間の制約解放」「場所の制約解放」「所属の制約解放」という大きく3つのフェーズがある──そんなロードマップを描き、いまでも、このロードマップが私のはたらき方の指針になっています。
― その「3つの制約解放」は、具体的にいうとどのような変化なのでしょう。
2015〜16年ごろ、「時間の制約解放」という文脈で、働き方改革が社会課題として一気に前面に出てきました。長時間労働は「悪だ」という空気が強まり、「時間」の制約開放は一気に進みましたよね。次は「場所の制約解放」──会社に行かなくても仕事ができる領域を広げたい、と考えるようになりました。コロナ禍やDXも経て、できる・できないの議論ではなく、リモートも含めて仕事をする前提に変わった。一方で「所属」は、まだ揺れていると思います。副業解禁は増えたけれど、評価や労務、情報管理の設計が追いついていない会社も多い。だからこそ、マネジメントが「会社」という箱の外も含めて人を活かす役割になっていくのだろうと考えています。
この3つの制約解放の最中に、僕は管理職になりました。はたらき方を変えるコンサルティングチームというコンセプトもあり、子育て中の方を多く採用し、新人もいるチームでした。僕自身は能力が高かったわけではないけれど、強いビジョンだけはあったので、そこにみんなが乗ってくれた感覚がありました。ただ、そのチームをどう持続的に成長させるかという視点は、正直持てていなかった。いま戻れるなら、その視点を持ってもう一度やりたい、という気持ちがあります。当時は子育て中の方が多いチームだったので、「長くはたらける人が偉い」という前提をまず壊したかった。情報共有を増やして属人化を減らす、会議は目的と出口を先に決める、成果の定義をそろえる。細かいことですが、そうした「チームとしてのはたらきやすさの設計」が、結果的にパフォーマンスにも効いていきました。
マネージャー経験が1年ほどで部長職として立ち回ることになった頃、自分には明らかに何かが足りないと感じました。何が足りないのか分からないまま悩んでいたとき、グループ内のアセスメントで「構想力が足りない」と指摘を受けました。そこで、周りの30代後半〜40代前半くらいの人たちもビジネススクールなどに通い始めていたこともあり、「自分もちゃんと学ぼう」と思ったんです。新規事業にも挑戦したい気持ちもあったので、事業構想大学院大学に通いました。そこからが、僕にとってのパラレルキャリアの始まりだったと思います。出会いが増え、「他社と一緒に活動をする」ことがだんだん当たり前になっていきました。会社員としてはたらくことだけが人生のすべてではない、という感覚が自分の中に入ってきたんです。フリーではたらく、会社を起こす、企業とコラボする、場合によっては新しく「つくる」。そういう選択肢って、思っていたより普通にあるんだな、と。事業構想大には、そういうことを当たり前に考えている経営者の方や、同世代の仲間がいて、刺激をたくさん受けました。
もう一つ大きかったのは、「意外と自分、ダメじゃなかったんだな」と気付けたことです。学びつつ自分なりに越境して動いていく中で、「こういうふうに動いてくれると助かる」と言ってもらえる場面が増えて、少しずつ自己効力感を取り戻していきました。そこから「副業」というキーワードにも出会っていきます。以前描いた「所属の制約解放」というフェーズは、副業やキャリア自律の流れともつながるんだな、と腑に落ちていきました。
同時に、DX領域で人材育成のビジネスの立ち上げにも取り組みました。新規事業×人材開発という領域で、2020年から2023年くらいまでは走っていたと思います。組織開発のようなことをやってきて、制度や組織だけが変わっても、人は変わらないのだと痛感しました。
― そのようにはたらき方が変化していく中で、成瀬さんが言う「共通の目的」は、現場ではどう作ればいいのでしょう。
はたらき方が多様化すればするほど、実は共通の目的の重要性は増していくと思っています。時間も場所も所属もバラバラになっていく中で、チームを束ねる “求心力” が、かつてのような「同じオフィスにいる」「同じ時間に働く」といった物理的な共通項では成立しなくなる。だからこそ「何のために、このメンバーで集まっているのか」という目的が、唯一の接着剤になるんですよね。
共通の目的は、スローガンを掲げて終わり、ではありません。よくあるのは、立派な言葉を作って壁に貼って、それで「共通目的ができた」と満足してしまうパターンです。でも、それは判断に落ちていないので、現場では機能しない。僕は、現場で共通の目的を作っていくには、3つの動作の繰り返しが必要だと思っています。
1つ目は、マネージャー自身がまず “第一稿” を出すこと。共通目的は最終的にはチームで共創するものですが、いきなり「みんなで決めよう」と投げると、たいてい総論的なスローガンになって終わります。だから、まずマネージャー自身が、「このチームは何のために存在するのか」「事業や顧客にどう貢献したいのか」を、不完全でいいから言語化して持ち寄る。第一稿は叩き台であって、正解ではない。そういう前提で出すことが大事です。
2つ目は、メンバー一人ひとりの “景色” と重ねていくことです。第一稿に対して、メンバーが「自分の仕事観や顧客観から見ると、ここはこう見える」と上書きしていく。1on1や日々の対話を通じて、第一稿が少しずつメンバーの言葉で書き換えられていく。この対話のプロセス自体が、目的を “自分ごと” に変えていく作業になります。マネージャーが「正解」を持っているのではなく、メンバーと一緒に解像度を上げていく感覚です。
3つ目は、意思決定の現場で何度も目的に照らすこと。採用で誰をとるか、評価で何を褒めるか、会議で何を決めるか。迷ったときに「これは私たちの目的に照らしてどうか」と問い直す。この往復が積み重なって初めて、目的が組織の血肉になっていきます。言い換えれば、共通の目的は “作って終わる” ものではなく、第一稿を出し、対話で重ね、判断で使い続けるという3つの動作を回し続けることで育っていくんですよね。
そして、この共通目的を真ん中に置いたとき、組織開発と人材開発は一体的にやらないとダメだ、ということが見えてきます。現在地としては、「どちらか片方」ではうまくいかない。共通の目的があって初めて、「組織をどう設計するか(組織開発)」と「一人ひとりの成長をどう支えるか(人材開発)」が同じ方向を向くわけです。
この組織開発と人材開発の結節点にあるのが「マネジメント」だと思うようになったんです。管理職という人そのものというより、「マネジメントという役割・機能」をどうワークさせるか。ここはやっぱり避けて通れないテーマだと思っています。ここを進化させていかないと、僕が向き合ってきた問題は前に進まない。そう思っています。
― マネジメントという機能をどうワークさせるか、というところに行き着いたわけですね。その先で、なぜ「ウェルビーイング」というテーマに向かわれたのでしょうか。武蔵野大学の前野隆司先生が立ち上げたウェルビーイング研究科に、一期生として4月からまた大学院に通われると伺いました。
ウェルビーイングという言葉は、WHO憲章(1948年)で「健康とは、肉体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病や病弱が存在しないことではない」と示されたのが、最も知られている定義ですね。最近では、2024年に発行されたISO 25554という国際規格でも「個人や集団が自らの可能性を実現し、生活の質を高めることができる状態」として定義されています。つまり、健康や福祉の文脈から始まり、いまでは組織や社会のあり方を捉える概念として広がってきているわけです。
その上で、僕自身の理解としては、「その人らしく生きられているか」「会社組織や学校生活などの関係性の中で、居場所や存在意義を感じられているか」まで含む概念です。だから職場でいえば、はたらきやすさだけではなく、やりがい・成長・つながりも含めてデザインする話になる。そこが面白いし、難しいところでもあります。
そして、僕が抱えていた「こんなの、おかしいだろう」という違和感への「答え」が、ぼんやりと見えてきたのがウェルビーイングなのではないかと思っています。結局、何のために生きるかといえば、自分も周りも幸せになるためですよね。そのプロセスとして売上も利益も必要だし、仲間も必要だし、それらをみんなで実現するにはマネジメントも必要になる。でもこの20〜30年は、それらが「さも目的」であるかのように生きてきた側面があると思うんです。日本においては、人口も減っていく中で、経済成長一本で右肩上がりの世界はもう限界を迎えている。とはいえ、人は目的や目標がないとやりがいを持ちにくい。そう考えたときに、ウェルビーイングはすごくいいテーマだと思っています。見方によっては宗教っぽく聞こえるかもしれない。でも僕は本気で、ウェルビーイングを突き詰める考え方は社会として目指していいと思っています。だから「ウェルビーイングを産業界の中でどう広めるか」を研究して、ちゃんと社会実装していきたい。僕は研究者になりたいわけではなく、研究してそれを社会実装する側でいたいんです。50代でそういう存在になっていくために、いまは自分の事業と研究を両輪で回すところにたどり着きました。
― 事業と研究、どちらを軸にするのかと問われたりしませんか。
はい、めちゃくちゃ悩みました。事業構想の後、実務教育学も含めて修士を2つとり、次は博士かなと思ったとき、いろんな方に相談したんです。すると「博士になるって、研究者になるってことだよ。それはあなたにとってどういう意味があるの?」と問われて、うまく答えられなかった。当時は、事業に活かしたいかといえば、無理に大きくしなくても売上は立っている。だから「大学院に行く必然性ってないな」と思っていたんですよね。でも、ウェルビーイングをテーマに据えた瞬間に自分の中で変化が起きました。「研究は目的じゃない。社会実装というキーワードが軸足にある。だからどっちかではなく、両方やらなきゃダメなんだ」と。研究したものを実践にしていく。実践値がないと研究する意味はないと思っているので、両方必要なんです。僕は自分で、マネジメントを探究するコミュニティもつくりました。「研究」と言うとアカデミックに寄りすぎるので、あえて「探究」という言葉を選んでいます。探究は「自分のなぜを追う」活動でもありますが、僕らの世代にとっては社会との結節点なしには語りにくいと思っています。仕事でも地域でもいい。何かしらの実践知が背景にあって、「もっと良くしたい」「広めたい」「変えたい」という意志がある。そのために、いまの自分にはない情報や知識を得ていき、すぐに実務で実践に活かす──そんな関係性なんですよね。
― 世の中のマネジメントやはたらき方が「どうなっていってほしい」と思っていますか。
受け取り方は人それぞれだと思いますが、「何を伝えたいのか」と問われるなら、僕が特に届けたいのは40〜50代、同世代や少し上の会社員の方々です。どこかで「もう上がりだ」と感じてしまっている人たちに「そうじゃない」と言いたい。都心の大企業だけで見れば閉塞感があるのかもしれない。でも地域の中小企業や大学院のような場に行くと、僕よりずっと年上の方が挑戦を続けている。例えば70代後半になってもキャリアコンサルタントの1級技能試験に、チャレンジし続けている人がいる。そういう人たちを見ていると、僕らにはまだあと20年、いや20〜30年あるんですよね。20〜30年って、これまではたらいてきたのと同じくらいの長さです。だからこそ、外にポジティブに目を向けてほしい。
そしてマネジメントの現場でも、「人としてフラットに接する」というあり方を、僕らの世代が取り戻したほうがいいと思っています。新入社員に敬語を使うかどうかはさておき、相手を役割ではなく一人の人として尊重する。その積み重ねが、チームの空気も、はたらく意味も変えていくはずです。
結局、マネジメントって本来そういうものだったはずなんですよね。管理や支配のための役割ではなく、共通の目的を実現するために、互いを活かし合うための機能。主語をチームに切り替えて見たときに、初めてその姿が見えてくるんです。自分が正しいことを証明する場でも、メンバーを動かすための装置でもなく、チームの目的に向かって、一人ひとりが持ち味を発揮できる場をつくる。新しい手法やスキルが次々と登場する時代だからこそ、僕らの世代が、マネジメント本来の人間らしい姿を取り戻していきたい。それが、いま一番伝えたいことかもしれません。
求められるスキルや手段が増え続ける時代でも、成瀬さんが繰り返し強調したのは「主語をチームにする」という一点でした。働き方改革、組織開発、人材開発、そしてウェルビーイングへ──キャリアの変遷は多様に見えても、その根には一貫して「はたらくことの違和感を、社会実装で解きたい」という強い意志と動機がありました。自分のためではなく、チームと社会のために。マネジメントだけでなく、ミドル層以上が自分の軸を見失いそうになったときに立ち返りたい言葉です。
Profile
ナラティブ・エル・セッションズ合同会社 代表
著者/組織開発・人材開発コンサルタント
成瀬 岳人 氏
22年間のサラリーマン経験を経て2025年4月に独立し、マネジメントの探求コミュニティ「Narrative "L" Sessions」を主宰。事業構想修士(MPD)と実務教育学修士(MPE)の二つの修士号を持つ。現在は一般社団法人プロティアン・キャリア協会CDOや「全員マネジメント」を標榜する株式会社NOKIOOのパートナー講師も務める。主な研究テーマは「ウェルビーイング」「マネジメント」「AI」。
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