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【ナレッジインタビュー】
法政大学大学院 石山氏
人事に正解はない ー 越境学習のすすめとナラティヴ・アプローチ ー

公開日:2023.05.15

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【ナレッジインタビュー】 法政大学大学院 石山氏 人事に正解はない ー 越境学習のすすめとナラティヴ・アプローチ ー

法政大学大学院 政策創造研究科 教授
石山 恒貴 氏

ナレッジインタビューvol.004は、HRナレッジセミナー2023 Spring 「共に考える、HR2023 ー 変化と課題に挑む“チーム人事” ー」のDAY2にて「ウェルビーイング経営の実現と従業員体験(EX:Employee Experience)」をテーマに講演いただいた法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴氏です。

vol.002でお話を伺ったカゴメ株式会社CHOの有沢正人氏との共著を2022年秋に出版され、民間企業の人事部門のご経験があり、長年「越境学習」を研究されている石山教授。講演での内容を踏まえ、人事に今求められる経験や学習など人的資本経営における視点、2023年度に向けたHRについて伺いました。

― 毎回、セミナーが終わった後に「うちの会社に当てはめた場合、どうしたら良いのか」など、「具体的にどうしたら」という質問をよくいただきます。

人事とは正解がないものです。例えば、カゴメの有沢さんのお話などを伺うと具体的で参考になりますし、そのように素晴らしい施策を持っている方の話を聞くことはとても良いことです。しかし、そういった良い施策の話を聞くだけになってしまうのは「正解だけを聞きにいく」ようになってしまうのではないでしょうか。ですので、成功の話を聞くだけでなく失敗の話を各社で共有しあう機会があれば、大変有効かもしれません。

中心的に施策を推し進める人は誰もいなくても、悩みを抱えている人たちがそれぞれの課題についてただ話し合う場などがあってもいいと私は考えています。会社の外部では言いにくいこともありますが、ざっくばらんに失敗を「ここだけの話」で言い合える場があるとよいのではと思います。

そういう意味では、最近はWebだと録画もできるのでアーカイブ配信でのセミナーも増えて、インプットする場は増えているものの、対面でグループ討議できるようなものは少なくなったため、ますますその場では言えないことが増えてしまっています。録画の講演もよいのですが、対面ワークショップ形式で話し合う機会などがもっとあったほうがよいと思いますし、人事の皆さんにはそういう場を積極的に活用されることをお勧めしたいです。

― 石山先生は「越境学習」(ホームとアウェイを行ったり来たりしながら刺激を得る行動のこと)の研究をされていますが、講演でもお話をされていた、人事が「所属組織を越えた経験」や「外側から自分たちを見てみること」の重要性について、もう少し教えてください。

私が「越境学習」を研究したきっかけのひとつに、もともと私が人事部に所属していたということがあります。人事部門は勉強会や研究会が多い職種なのではないかと思うのですが、私が人事部にいたときに、社外の人事関係の勉強会によく足を運んでいて、それが研究者になった後に越境学習を研究するきっかけになりました。
例えば「これは社外秘だから言えない」ということは、他の部門に比べると人事部門は制度や考え方など共有できることが多く、社外秘というところにあまり捉われずに意見交換ができる部分もあります。

講演の中でお話したカゴメの有沢さんは良い例で、人事制度で「こんなことをやっています」というカゴメのベストプラクティスをどんどん世の中に発信されていますよね。このように人事部門は、共通的に話し合える文化や特徴があることから、越境学習しやすい文化であると言えます。その一方で、会社の中で守らなければならない機密や個人情報も多く取り扱うため、神経を使う仕事であり組織の中で尊重もされる部門でもあります。そのような意味で、人事部門は内向きになりやすい傾向にあるとも考えられます。
矛盾しているようですが、そうした両方の特徴がある中で、人事部門の方が積極的に社外でも情報収集や意見交換をするなど「会社を俯瞰してみる」という価値は大きいと思っています。

人事部門は、会社の中のさまざまな部門の人と交流することも重要な仕事であるものの、日常業務が繁忙であるため、社内交流の機会でさえ少なくなりがちです。越境学習では社外のさまざまな人と交流する機会を作ることでセンスや感覚を身につけることができるので、それを会社に持ち帰り、人事以外の部門の人との交流に活かし、促進していくことが可能になります。
越境学習はやってみると楽しいし、実はそんなにハードルは高くないのですが、やらないでいても短期的には何も問題がないので、なにもせずに終わってしまいがちです。ですから、本人が意識的にやろう、意識的に外へ行こうと心がけることがとても大事です。

― 人事が意識的に社外で活動し学んでいると、現場の方々もやりやすいでしょうし、自然と関心が向きやすいかもしれませんね。

経営学の概念で「両利きの経営」ありますが、「探索(新規事業に向けた行動)」と「深化(既存事業を深堀りする)」は組織の観点が主に語られています。しかし松尾睦先生が『仕事のアンラーニング』(同文館出版)で指摘するように、研究としては「個人の両利き」もあります。個人の観点でも深化と探索が把握できるのです。そして、上司が探索的活動をする場合は部下の学習志向が高まるのです。

つまり「上司が越境学習するなら部下の学習志向が高まる」、それと同じように「人事部門が自ら越境学習するなら周囲の学習志向が高まる」という影響は想定できるのではないかと思っています。人事部門が「越境学習は大事だよ」と言いながらも自分たちが越境していないのなら、説得力に欠けますよね。

― 実際は越境学習が大事と理解はしているも、なかなか踏み出せない方も多いと思います。どのようなことから始めたらよいでしょうか。

越境学習の事業者が行っている、3ヶ月や半年の間ベンチャー企業にレンタル移籍したり、NGOの活動で新興国に行ったりするのも越境学習です。一方で個人的に「プロボノ(自身のビジネススキルを活かしたボランティア)」と言われるボランティアをしてみたり、副業をしたり、マンションの理事会やPTAの活動をしてみるというのも越境学習のひとつで、いろいろなことが越境学習と言えます。そういったコミュニティもたくさんあるので、みなさんもアクションを起こしてみていただけたらと思っています。
忙しい日常の中でも、さまざまな機会を探せば越境学習をすることはできるのです。

― 人事関連のさまざまなキーワードが流行り言葉化してしまったり、施策を見える化する際の数字測定に執着してしまったり、表面的になってしまいがちということも講演でお話いただきました。表面的にならず、かつ客観的に示していくには、どうしたらよいでしょう。

喫緊の課題でいうと「人的資本開示」というようなことが言われています。人的資本開示には、守りの部分と攻めの部分があると思いますが、人的資本を開示する上で、基本的にやらなければならないこと、例えばCSR(企業の社会的責任)やダイバーシティ(多様性)などに対する施策は、企業の社会的責任の実施度を共通の指標としてきちんと示す必要があります。
投資家から見るとそこをおざなりにしている企業は評価が低くなるので、守りの部分としてそのような共通的な数字を出す必要もありますが、それだけで終わってしまうと独自性に欠けます。

「人的資本開示は他社と横並びでしているのではなく、人を貴重なものと捉え能力を最大限に発揮させるためにやっている」のであれば、定量的な数字だけではなく定性的なストーリーで説明をする必要があります。
数値指標だけではなく、定性的な面として記載できる部分があると思います。例えばCHRO(最高人事責任者)が「我が社は個人の能力を最大限に発揮するためにこんなストーリーをやっています」ということを言葉で語ることが大事です。
「決まった数字を出さなければいけない」ということが注目されがちですが、こうした他社とは異なる仕組みを社内にも社外にも語ること、それこそが人的資本開示の攻めの部分になります。
また、これらを実現するには効率化するべきところと時間をかけるところの切り分けも必要になります。守りの数値指標を出すための効率化は、システムなどを用いて積極的に行ったほうがよいと思いますが、あくまでそれは作業としてやったほうがよいという観点になります。人的資本のあり方を「本質的に何のためにやっているのか」と社内の関係者で対話しながら考えていくようなことは、業務効率化をすべきところではなく、時間をかけるところです。

― 業務分担が縦割りになってしまうと、どうしても目の前の数字や課題だけになってしまいがちです。本来の目的を理解しながら人事の仕事に取り組んでいくために、いろいろな話を聞いたり、外から俯瞰してみたりすることの他に必要なことは何でしょうか。

組織が縦割りになってしまうことは、「サイロ化」と表現されることがあります。サイロとは穀物などを保管しておく倉庫で、一番上の部分にしか外につながる箇所がない壺のような形状が特徴です。この構造のように、組織にいる人たちは誰も横とつながらず、一番上の人だけがつながるような状態がサイロ化です。
組織は業務効率化やコミュニケーション・コストなどを考え、情報を効率的に共有しようとすると、サイロ化することが効率的と考えるので、必然的にそうなってしまうともいえます。組織にはそもそも何もしないとサイロ化してしまう特徴があると考えたほうがいいでしょう。何か悪いことがあってサイロ化するというよりも、何もしないから組織はサイロ化してしまうのです。

実質的に何か新しいことを考えるときには、皆が虚心坦懐になってサイロ化しているものを突き破って対話することが大事なのですが、それは意図的にやらないとできないものです。組織がサイロ化するのは必然のものだと思った上で、意図的に対話を促していく努力が必要です。対話を経て皆で意味をつくり合っていくことができるかが大事です。

宇田川元一先生の『他者と働く―「わかりあえなさ」から始める組織論―』(News Picksパブリッシング出版)ではナラティヴ・アプローチを組織で実現することが書かれています。ナラティヴ・アプローチとは、異なる考え方を持った人たちが、違った考えで対話をするから新しく意味が生成される、ということです。
異なった人たちがいかに交わって対話し、そこで新しい意味をつくり上げることが、今一番求められていることなのではないかと思います。

対話にあたっては人数が少なすぎると多様性がなくなるし、多すぎると話せなくなってしまうこともあるので、一定のちょうど良い規模はあるとは思いますが、必ず何人がよいというものではありません。対話の形態や人数などだけにとらわれず、あくまでも、異なる人たちが対話するということが本質的に大事であると思っているかどうかが、ナラティヴ・アプローチのポイントになるのです。

人事であるが故の越境学習の必要性やその中での交流や対話の重要性、前提を知り本来の目的や内向きでいないために意図的、意識的にしなければならないことなど、講演に続いて人事部門に必要なこと、大事なことをさまざまな角度からお話いただきました。そして、「人事には正解がない」故に、成功の話を聞くだけでなく失敗の話をしあったほうがずっと役に立つのではないかというお話もありました。そのような機会をHRナレッジセミナー、HRナレッジラインでつくり、お役に立てるコンテンツとしてみなさまに伴走できるようにしていきたいと思います。
本講演のアーカイブ動画やセミナーレポートもぜひご覧ください。

Profile

法政大学大学院 石山 恒貴 氏

法政大学大学院 政策創造研究科 教授
石山 恒貴 氏

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理、タレントマネジメント等が研究領域。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、産業・組織心理学会理事、人事実践科学会議共同代表、一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会顧問、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、専門社会調査士等。主な著書:『カゴメの人事改革』(共著)中央経済社、『越境学習入門』(共著)日本能率協会マネジメントセンター等多数。

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