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【ナレッジインタビュー】
法政大学 田中 氏
人が伸びれば事業は伸びる ー人事はキャリアをグロースさせるユニットー

公開日:2022.10.03

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【ナレッジインタビュー】 法政大学 田中 氏 人が伸びれば事業は伸びる ー人事はキャリアをグロースさせるユニットー

法政大学 キャリアデザイン学部 教授
一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事
田中 研之輔 氏

2022年7~8月に開催されたHRナレッジセミナー2022 Summerでは、「あらためて、課題に向き合う」をテーマにし、リスキル、キャリア自律、リテンション、人的資本について、3つの講演をお送りしました。
そのなかで、さらに詳しく聞きたいこと、聞けなかったことを、詳しく伺う『ナレッジインタビュー』。

今回は、DAY2(2022年7月27日)に講演いただいた、法政大学キャリアデザイン学部 教授、一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事であり、さまざまな企業の社外取締役・社外顧問を務めている、田中研之輔氏にお話を伺いました。

― HRナレッジセミナーでは、リスキル、キャリア自律、そして人的資本について講演いただきました。今、企業はこれらの課題についてどういうことに悩んでいるのでしょうか。

現在、私は約200社のキャリア開発などに関わっています。業界業種や企業規模問わずさまざまな企業に入っているので、その中でいろいろな企業現場の動向が見えています。

経営者や人事のトップが今何を悩んでいるか、2つあると感じています。1つは「人が足りない」。そしてもうひとつは「人がいるのに活躍できていない」。 人材の不足に関してはパーソル総研でもデータや研究結果を出されていますが、これから人材は慢性的に不足していきます。HRナレッジセミナー2022 Summerでもお伝えしましたが、それに対して、私は経営者や人事のトップに「人材不足で嘆かないでください。もう1つの問題である”今いる人をどう活かすのか”これについて考え抜いてください」とお話しています。

今、この「人材の活かし方」について、歴史的転換期を迎えています。人的資本の情報開示、これは今いる人たちが社内でどのように活躍しているのか、ある意味政府が主導で公開化していくのです。政府が主導する裏側には国際基準ISO30414が走っているので、上場企業群は今IRや総合レポートの中に人的資本の情報開示を入れてきています。
この流れは強くなっていくと思われ、未上場の企業群に関しても「社内の人材がどういう風に活躍しているか」ということに対して、説明責任が出てくるようになるでしょう。

そして一番取り組まなければならないのは、人的資本を最大化することです。
人的資本の最大化とは何か。個々がやりがい生きがいを感じて、それぞれが持っているそれぞれのポテンシャルを最大化していくこと、そんなはたらき方を創りたいと思っているのですが、これがなかなか難しい。
なぜならば、キャリアというものを考えたときに、今までは組織が強く会社の意向ありきではたらくことが当たり前でした。例えば社員のライフイベントにかかわらず転勤、単身赴任など、あるいは副業は禁止とか。組織の意向で人材をコントロールしていきます。そうすると自分たちが頑張ろうとしても、やはりチームの中での自分のポジションを意識するし組織の中での階層構造を意識するので、そのような環境では、それぞれのポテンシャルを活かしきれないのです。
では、人的資本の最大化、キャリア自律型へ向けてベクトルを180度変えるにはどうやったらよいのか。人的資本の最大化に関して、その必要性は常々感じていて、転換期であることにも気付いています。しかし組織内キャリアの文化やルール、ある種の規範のようなものがあって、それをどうやって変えていったらよいのか、頭を悩ませている企業が多いと思います。

― 個人のキャリア自律を叶えることと、組織のカラーを作っていくことは相反するでしょうか。

キャリア戦略を考えたうえで、企業の方向性に染めていくのはありだと思っています。
私は経営者に「企業の即戦力としてあるいは中枢人材として、ある意味組織のカラーや企業の方向性に染めていってもらっていい。ただ、やるべきことがひとつあります。それは、経営戦略と事業戦略と共に社員の『キャリア戦略』も考えることです」と話しています。
高度経済成長期は、画一化・均一化労働のはたらき方で成功しました。金太郎飴的なはたらき方でも伸びた時代もありました。それで一時期は成長したのかもしれませんが、この時代の中で企業は30年苦しい戦いをしてきたのです。

現在は、労働人口6千万人総クリエイティブといえるはたらき方になり、皆で社会問題、課題について向き合ったり、目の前の問題に向き合い、テクノロジーなどを使いながらそれを解決していこうという流れになっています。
そうなると、会社の指示を待っていてもスピードがついていかないから、一人ひとりが考えないとならないわけです。

ですから、経営戦略、事業戦略と同じように、社員のキャリアもグロースさせる施策を考えていく必要があります。これは人への投資の一丁目一番地であり、多くの企業経営陣はこの重要性に気付いています。

社員のキャリア戦略も、経営戦略、事業戦略とともにグロースさせていく。経営がそう捉えているということや目的を人事が理解し同じ方向を向き、社員個々のキャリアをグロースさせる施策を作っていかなければなりません。

― 社員のキャリアをグロースさせる施策を作っていくために、人事はどうしたらよいでしょうか。

経営と人事という階層構造はなくし、社員の成長を中長期的な経営計画の中に落としていくことです。もちろんトップの経営はいても経営企画と人材開発部門はフラットな関係性であるべきです。経営部門と人事部門が近いところにいればタイムラグがなくなり、同じ方向、目的を持ち進めていけます。

「事業を伸ばしたい」これはみんなそうですよね。そうでないと企業体はサステナブルに存続しません。でもその事業が伸びない。どうしてかというと「人が変化に適合できないと、その事業が古びてくる」から伸びないのです。そのためプロティアン型に、変貌自在に本人たちがしなやかにまず社会的ニーズを踏まえられるようになるような訓練、トレーニングを人事側が用意していったほうがよいのです。

人事がこれまで何をやったかというと「キャリアの棚卸」です。例えば「田中さんは今まで法人営業でこういうことをやってきた。それから人事に異動してこういうことをやった。だからこういう人だよね。」という風に。これを「スタティック(static)」モデル、静的モデルといい、変わらないものを認識し、そこでジョブパフォーマンスを図っていく。でも、世の中で求められるニーズはどんどん変わっていくので、「今、田中はこういうビジネスパフォーマンスができる。それを3年後までにどう伸ばしたいのか」ということを一緒に考えていくのです。まさに個々のキャリアをグロースさせる動的な「ダイナミックモデル」にしていくことです。

例えば上司と現場のプレーヤーが1on1をやるときには、過去の棚卸は30分のうち、3分でいいと話しています。昨年対比チェックで先週までどうだったのか、そういうことは3分までと。残りの27分は、ここから半年、1年、3年というスパンで何をしたいのか、どうありたいのか必ず言語化してくださいと、お伝えしています。
経営戦略や事業戦略は「どう伸ばしていきたいか」という未来戦略です。キャリア戦略においても同様で「社員のキャリアをどう伸ばしていきたいのか」、それを応援するのは経営の仕事であり、人事の仕事、しいてはマネジメントする側の仕事でもあります。
私は、ある企業で支店長に「皆さんは中間管理職じゃない。現場の人を応援するグロースマネージャーだ」と言いました。マネジメントにはいろいろありますが、「管理・調整・コントロールではなく“グロースさせていくには何ができるのか”を考えてください」と企業現場にお伝えしています。

― 実態、実際を考えると、どうしても「過去の話」が多くなってしまい、これからや未来の話に重点を置くのは難しそうです。

マネジメントする側が、過去ではなく未来の話に重点を置けるようになるには、結局訓練というか練習をすることです。過去のことは喋れます。なぜなら記憶化しているから。未来のことはなぜ喋れないのかというと、経験していないからなのです。
例えば、ビジネスパーソンの多くが「VUCAの時代だ」と言っているけれども「本当にVUCAの時代なのか」と考える必要があると思います。VUCAって目に見えないこれから先が不透明なということだけど、「本当にそうですか」と。
5年後、NFTがくるとか、WEB3.0がくるとか、仮想通貨が走り出すとか、電気自動車が走り出すとか・・・なんとなくこの方向性にいくであろうな、デジタルは加速化していくだろうなとか。すると、ビジネスシーンでどこが伸びてきそうかということは、常日頃から情報をインプットしていけばわかると思うんですね。だからVUCAだといって、「思考停止してはいけない」と伝えています。そういう視点、考え方を常日頃からする、また練習する機会をつくっていくことが必要です。

明日までに何を具現化したいのか、アウトプットしたいのか、常に未来戦略の思考に切り替えていかないとなりません。「今日は何をやった」「何ができました」そんなふうに毎日の終業時間を迎えずに、「明日、来週までに何をやっていくか」で1日を終える。常に未来戦略で仕事を創っていく。人事やマネジメントは、それに合わせて「自分は、自分のキャリアはどうなりたいのか」ということに並走していかねばなりません。

マネジメントする側が未来戦略の思考、視点でいると、メンバーも自然と同じ視点になってきます。印象的だった例をあげると、大手企業の本部長がいて、その方の約300人のチームが劇的に売上を上げていました。それがなぜなのか、その方にインタビューしていきました。するとその方は、1人ひとりにどうありたいかを車座でずっと聞いていくのです。なんでこんなにできないのだとか、そんなことは一言も言わないで、「何をしたい」「この目の前の仕事を通じてどんな未来を作りたい」「どんな社会をつくりたい」と、そういうことをずっと言語化していくのです。最初は皆、言語化もなかなかできません。でも「来週までに考えてこい」と言うと、1週間考えてくるわけです。それが300人いる。すると「何を作りたい」というチームになってきます。 未来思考ではなく車座をしても「何時から何時までどれくらいはたらいたの?」「何をやったの?」という勤怠管理、進捗管理になるわけです。ビジネスって未来を作っていかなきゃならないのに、現状と過去のチェックしかしていない。だから生産性が低いというのです。

― 新しい視点、外からの視点やナレッジを得ていくことは、気付きやトレーニングにもつながりますね。

私はエスノグラフィックマーケティングといって、組織の中でどういう行動や常識が生産性と結びついていて、ブレーキになっているのか、アクセルになっているのかを考えます。ただ、そういう視点や考え方だけで入ってしまうと先入観で見間違えてしまうことがあるので、皆さんのブレーキになっているものは何ですか」と500人にチャットなどで聞いていきます。すると、利害関係のない人事権もない組織外の私には、その問いに対してリアルな声が出てきます。

「ブレーキになっていることが何か」を書き出すことでその課題に対し当事者意識を持ってもらうことにもなります。「手上げ制度がない」とか「副業に興味を持っている人が多い」などいろいろな生の声が出てくるのです。そしてその声をグルーピングしていきます。すると「ここからやれるよね」と、課題を可視化することができるのです。

「人的資本の最大化とは何か」というと、組織が上から新しいことを「これだ!」と転換を起こしていくことではなく、キャリア自律に向かって現場のニーズ、社員の一言一言に耳を傾け、まず底からすくいあげそれをトップから変えていくことです。そうすると半年から1年で、例えば心理的幸福感のスコアやエンゲージメントのスコアも上がっていきます。
「経営陣が自分たちのはたらき方を見てくれるようになった」とか「経営陣が自分たちのキャリアを応援してくれるようになった」とか、そういうことが伝わるだけでも、組織全体に大きなインパクトが生じます。

― キャリア自律をし続けていく、グロースを継続していくためにはどのような点が重要になるのでしょうか。

キャリアトレーニングは、形式的にやっても効果がありません。インテンシブに集中してキャリア開発はやったほうがよいですね。キャリア形成とキャリア開発は異なるものです。
キャリア形成というのはオーガニックに3年間こういうことをやってきました、キャリアが形成されました、培われてきたことです。
キャリア開発はキャリア”ディベロップメント”。ある程度時間軸を見据えて、ここからいつまでにどういうキャリアを築いていきたいのかということを、言語化してトレーニングしていくことです。
自分の中で何がキャリアの心理的幸福感を下げているのかを探し出します。すると「それは本人が解決できる問題なのか」「組織が解決できる問題なのか」、この2つの問題に分かれます。

本人が解決できる問題、例えば「仕事との向き合い方」だとか「クライアントへの連絡の仕方」など、そういうことは本人が解決に向けてやるべき問題です。自分で解決すべき問題と気付いていないのであれば、まずは気付かせることから。それだけでも効果はあります。
組織が解決すべきことというのは、もう少し難易度が高かったり承認事項が発生したりするものです。「人事制度を変えたい」などは組織が解決すべきことになります。でも全く声を出さないのではなく、人事制度を変えたいなどの声が届き始めたということにおいていうと、キャリアトランスフォーメーション、自律型への変身をしているということだと見ることができます。

― 「キャリア自律」「ジョブ型」などそういう言葉をただのバズワードにせず、人事はそういう”ナレッジのインプットと共有をし続けていくこと”が大事というお話が心に残りました。

皆さんに伝えたいことは「目の前にある景色を他人事としない」ということです。常に目の前の一挙手一投足を自分ごととして捉え直す、課題を自分事化することが大切です。「ジョブ型って上から振ってきて関係ない」というのではなく、ジョブ型の本質を考え、目の前の組織内キャリア型のパフォーマンスが低いから、ジョブロールの話がでてくるのだなと。

例えば1時間会議をするというときの1時間のアウトプットをどう考えたかです。6人で会議に参加して定例報告だけで何の進捗もなかったらもったいないわけで、だったらこの会議は45分でよかったんじゃないのかと。そういう日常の一つひとつのアクションを自分の中で生産性競争力を上げていくため、そして心理的幸福感を上げるために自分の中で言葉を血肉化、身体化していかなければなりません。
キャリア自律にしても「自分は理解しない」のではなく、キャリア自律的なアクションをまずやってみることが必要です。やってみての試行錯誤を皆さんはビジネスシーンでしているわけですから、キャリア形成においても「自分はできない」「関係ない」ではなく、キャリア自律的なアクションをひとつずつやっていくと目の前のビジネスシーンの見え方が変わってくると思います。

人事部門はこれからの人的資本経営のグロースユニットと思ったほうがいいです。人事は調整・コントロール・配置が仕事なのではありません。気付いている企業は体制を変え、動き出しています。
人材開発からキャリアオーナーシップに変えたり、本人たちのキャリアを応援するのだと振り切るとパフォーマンスが上がるので、結果的に事業も売り上げも伸びていきます。事業や組織を伸ばしたいであれば、「人のキャリアに向き合う」ことなのです。

HRナレッジセミナー2022 Summerでの講演に続き、インタビューではさらに深くキャリア自律や人的資本経営についてお話しいただきました。熱のこもったたくさんの言葉の中でも「人事部門はこれからの人的資本経営のグロースユニット」「事業や組織を伸ばしたいであれば、人のキャリアに向き合うこと」、この2つのメッセージが特に心に残りました。たくさんの企業に伴走しながら研究をされている田中先生の具体的なお話は、自分のこととして捉えることができ、背中を押してくれるインタビューでした。
本講演のアーカイブ動画やセミナーレポートもぜひご覧ください。

Profile

法政大学 田中 研之輔 氏

法政大学 キャリアデザイン学部 教授
一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事
田中 研之輔 氏

UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD、東京大学/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論・組織論。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアンー70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』『ビジトレー今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』日経ビジネス 日経STYLE他、メディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

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