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【ナレッジコラム】
国内の労働安全衛生法改正の動きと海外における職場での更年期対策事例

公開日:2024.12.06

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【ナレッジコラム】 国内の労働安全衛生法改正の動きと海外における職場での更年期対策事例

株式会社menopeer
代表取締役
木村 琴子 氏

株式会社menopeer 代表取締役 木村 琴子氏による単発コラム。「国内の労働安全衛生法改正の動きと海外における職場での更年期対策事例」をお伝えします。

国内の労働安全衛生法改正の動きと海外における職場での更年期対策事例

労働安全衛生法改正の動きについて

昨今、企業において女性特有の健康課題に対する取り組みが注目されていますが、これらは女性活躍やD&I、そして福利厚生の観点や文脈において述べられ、取り組みがなされているものが多いと思います。

他方で現在、厚生労働省では労働安全衛生の観点から女性特有の健康課題と労働環境についての議論が行われています。これが意味するのは、これまではあくまで企業の自主的な取り組みであったものが、今後は法律上において規定される可能性があり、全ての企業がその対象となる可能性があるということです。

では、この議論の背景は何でしょうか。日本の労働環境において、健康問題は労働者の生産性や離職率に大きな影響を与えていますが、特に女性従業員が直面する健康課題はこれまで十分に反映されてきませんでした。そこで、労働安全衛生法上において、一般健康診断の項目を見直し、女性や高齢者など多様なニーズに対応できる制度の構築を目指すというものです。

2023年9月より「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目の検討会」として開催され、2024年9月の時点ですでに7回実施されています。今後は、女性の健康に関する項目のみならず、歯科健診や眼底検査の追加といった項目についても議論がなされていく予定のようです。

議論されている内容や焦点のポイント

検討会で議論されている中心的なポイントは、女性特有の健康課題に対応する健診項目の追加です*1。これまでの一般的な健康診断では、月経や更年期に関連する症状に対する項目が含まれていませんでしたが、特に月経困難症やPMS(月経前症候群)といった症状は、女性の労働生産性への影響があるため、早期の発見と対処が求められます。

また、更年期障害に関する項目の追加も重要な議題です。更年期に伴うホルモンの変化は、精神的・身体的な不調を踏まえて、職場におけるパフォーマンス低下やメンタルヘルスの問題を引き起こします。この課題に対処するため、更年期に特有の症状を確認する問診を含めるような提案がなされています。

これらの項目追加により、女性従業員が健康リスクを正しく認識したり、職場でのサポート体制を強化したりすることが期待されています。具体的には、健康診断の結果を活用し、月経や更年期の影響を考慮した合理的な働き方や支援制度の導入、有所見の従業員に対する事後措置(就業上の措置)です。

出典:厚生労働省 労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 第7回資料、資料1

イギリスに見る労働環境の改善に向けた具体例

女性特有の健康課題に対応するための具体策については、国際的にも注目され始めています。ここでは、最近のイギリスでの動きを取り上げ、職場での取り組みについて考えます。

英国統一規格協会の「職場における月経、月経中の健康、更年期障害のガイド」

イギリスでは、女性の健康課題に対する職場での対応が進んでおり、特に注目すべき取り組みとして、英国統一規格協会(British Standards Institution)が2023年に発表した「職場における月経、月経中の健康、更年期障害のガイド(Menstruation, menstrual health and menopause in the workplace – Guide)」があります。このガイドは、組織が職場で従業員の福祉を保護し、より適切な職場環境を提供するために、企業がどのように対応すべきかを示す重要な指針となっています。

ガイドの目的と背景:イギリスも日本同様に、月経や更年期に関する健康課題は、社会的にも職場でも十分に理解されていないため、多くの従業員が適切な支援を受けられていません。2010年に制定された平等法(The Equality Act)や1974年に制定された労働安全衛生法(The Health and Safety at Work etc. Act)に基づくと、雇用主には従業員を不利益から保護する義務がありますが、月経や更年期自体は法律上、明示的な保護対象ではありません。他方で、このガイドでは性別や年齢、障害に関連した差別として保護される可能性を示唆し、すべての従業員にとって働きやすい環境を整える必要性を唱えています。

ガイドの内容*2:このガイドの中心となるのは、女性従業員を取り巻く健康課題についての教育と理解の推進です。企業が従業員に情報を提供し、サポートを行うことが重要とされていて、具体的には以下の項目について述べられています。

  1. 職場環境の調整
    従業員が快適に働ける職場環境を提供するため、室内の温度調整や休憩スペースの設置、生理用品の無償提供や衛生的な設備の設置、扇風機の使用許可などの推奨。

  2. ポリシーガイドの見直しや統一
    月経および更年期に関する職場での支援を適切かつ一貫したアプローチで実施するために、全体的なウェルビーイング戦略との統合、欠勤管理プロセスの見直し、採用、異動、昇進における配慮。

  3. 職場でのカルチャー醸成
    適切なポリシーを採用することが重要であると同時に、ポリシーの策定だけでは職場や社会における月経や更年期に関する偏見や差別を解決することはできないと指摘。研修などの教育を通じた、サポーティブな職場カルチャーの醸成に関する必要性について。

  4. 柔軟な働き方の導入
    フレックスタイム制度やリモートワークの導入など、柔軟な働き方の重要性を強調。柔軟な出退勤時間の許可、タスクの適性再評価、予期せぬ欠勤時のカバー計画について。

  5. サポート体制の構築
    産業医やカウンセラーと連携し、健康問題に対して適切な対応が可能となる体制構築の必要性について。

また、本ガイドには別添資料として人事部やラインマネージャー用のツールキット(HR and line manager toolkit)やチェックリスト(Internal review checklist)があり、こちらは大変実践的ですぐにでも組織内に取り入れられる内容になっています。

海外の企業における職場での更年期対策事例

職場における更年期のサポートは、従業員の健康と福祉を守り、生産性やエンゲージメントを維持する上で、ますます重要視されるテーマとなっています。特に更年期は健康に大きな影響を与えるだけでなく、職場でのパフォーマンスやモチベーションにも深く関わります。しかし、長らくタブー視されてきたこのテーマに対し、最近では多くの海外企業が積極的に対策を講じ始めています。ジェンダー平等やダイバーシティ推進の一環として、更年期に関する包括的なサポートや柔軟な勤務制度の導入が進められており、その取り組みは多様です。次に、具体的な企業の事例をいくつか紹介しますが、これらの事例は単なる健康管理にとどまらず、職場全体の文化を変える重要な要素となっていることがわかります。

BT(British Telecommunication)の取り組み

2012年、BTの従業員が更年期障害によるパフォーマンスの不振を理由に不当解雇されたという理由で同社を訴えた裁判がありました。原告は、主治医から医学的証拠を提示されたにもかかわらず、上司は妻の更年期障害の例というあくまで個人的な経験のみを判断の拠り所として、適切な調査や配慮を怠り、原告を解雇したというものです。これに対し裁判所は、BT は特に職業上の健康評価に関してポリシーを正しく遵守していなかったという判決を下しました。*3

この裁判は、雇用主が更年期関連の問題に適切な配慮と正式なサポートで対処することの重要性を浮き彫りにし、最終的にはBTのポリシーの改善と意識の向上につながりました。

その後、2021年に「Menopause Workplace Pledge(更年期に配慮した職場作りに関する宣誓)」に署名した同社は、職場において更年期に関するオープンな対話を促進し、従業員が安心して働ける環境の整備に努めています。具体的には、「Gender Equality Network(ジェンダー平等ネットワーク)と協力し、「Menopause Café」と呼ばれる教育セッションを開催。このイベントでは、従業員が更年期についての理解を深め、互いにサポートし合う体制を構築しています。また、管理職を対象にしたトレーニングも実施し、職場全体でのサポート意識を高めています。

2022年3月31日時点で、BTグループの全従業員の25.7%が女性であり、特に更年期を迎える女性従業員への支援は重要な課題となっています。これらの取り組みにより、更年期に関連する欠勤率が減少し、従業員の満足度が向上したことが報告書で述べられています。*4

Vodafoneの取り組み

Vodafoneは、2021年の国際女性デーに合わせてグローバルな更年期支援ポリシーを発表し、ヨーロッパやアフリカ、アメリカなどの全オフィスで導入しています。同社は、従業員10万人のうち約15%が更年期障害に悩まされていると推定し、全従業員向けのサポート、トレーニング、そして意識啓発をバランスよく取り入れた対策を実施しています。*5

具体的な取り組みとして、傷病休暇制度を改善し、更年期に関連する健康問題に対しても取得しやすくしました。これにより、従業員は必要な時に休暇を取得し、健康管理を優先することができるようになっています。また、全従業員を対象に教育プログラムを提供。主に管理職向けとして、更年期に関する理解を深め、適切なサポートを提供するための更年期ツールキット(Menopause Toolkit)が導入されました。このツールキットは、更年期についての理解を深め、同僚をサポートするためのガイドラインとして、既に7つの言語でリリースされグローバルに活用されています。*6

これらの取り組みは、Vodafoneが2025年までに「女性にとって最も働きやすい企業になる」という目標に向けた戦略の一環でもあり、従業員の健康と福祉をサポートすることで、よりインクルーシブな職場環境の実現を目指していく同社の姿勢を強く示すことに成功しています。

このように、海外企業における更年期対策は、単なる健康面でのサポートを超えて、職場のダイバーシティやインクルージョンの推進に直結する重要な取り組みとして広がりを見せています。柔軟な勤務制度や教育プログラム、職場環境の整備など、各社が多様な方法で従業員を支援しており、これにより生産性向上や従業員の満足度向上にもつながっています。今後も、こうした更年期サポートがより広い企業で導入されることで、働きやすい職場環境の整備がさらに強化されることが期待されます。

【引用・参考元文献】
*1 厚生労働省「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会 第7回資料、資料1」
*2 The British Standards Institution「BS 30416 - Menstruation, Menstrual Health and Menopause in the Workplace」
*3 mha, Baker Tilly International「Menopause Related Employment Tribunal Claims – Implications for Employers」
*4 The British Telecommunications 「BT Group Diversity and Inclusion Report2022」
*5 Vodafone 「Vodafone announces new global employee commitment on menopause」
*6 Vodafone「Vodafone Menopause Toolkit」

Profile

menopeer 木村 琴子 氏

株式会社menopeer
代表取締役
木村 琴子

上智大学卒業後、三井物産株式会社に入社。入社から退職までコンシューマーサービス事業本部にて、物流事業から投資事業まで複数の事業に従事。退職後、英国Royal College of Artのサービスデザイン修士課程に進学。2022年1月、株式会社menopeer(メノピア)を設立。女性のヘルスケア、中でも更年期領域に注力しており、法人向けには女性ヘルスケア相談、セミナー・組織開発のサービスを提供中。また、35歳以上のプレ更年期、更年期世代向けの生理・体調管理のためのセルフケアアプリ「Lumino(ルミノ)」を2024年11月にリリース(https://lumino-app.com/)。

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