60代のはたらき方“人生はまだ途中”<はたらくと私>|まなびカンパネラ|テンプスタッフ

まなびカンパネラ はたらくと私

60代のはたらき方“人生はまだ途中”

“はたらくと私”は、派遣ではたらく方々のキャリアや人生にフォーカスしたインタビュー企画です。
派遣を活かしてはたらく仲間がどんな道を歩んできたのか、一人ひとりのリアルなストーリーをたどりながら“派遣”というはたらき方をお届けします。

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お話を聞いた方:三浦さん(60代)

関東近郊で育児をしながらはたらき、50代で東京へ転居。現在は医療機器メーカーにて事務職としてお仕事をされています。



女子部員1人の山登りから始まった原体験


―初対面の相手でも自然に会話が弾むと仰る三浦さんですが、その積極的な姿勢はいつ頃からなんですか

もともとはそれほど積極的な性格ではありませんでした。転機になったのは高校時代に入部したワンダーフォーゲル部(※)かもしれません。女子歓迎と書かれたポスターに惹かれ入部したところ女子部員が私だけだったんです。女子部員が1人だったことで親から入部を反対されましたが、先輩や周囲の支えがあり活動を続けられました。例えば、登山道具を揃える際には、OBが使わなくなった道具を探してくれ、サイズが合えば譲ると声をかけてくれました。また、受験で引退した3年生に活動継続できないか声をかけてくれたり、退部した人に再入部を呼びかけたりと、先輩たちが私のために動いてくれました。そんな姿を見て自分も何かしなければと感じ、昼休みに10クラスを回って声をかけ入部希望者を募りました。

  • ワンダーフォーゲル部
    自然の中で登山やハイキングなどのアウトドア活動を行う部活のこと

―1人で10クラスも!?すごい行動力ですね!

今考えればすごい勇気ですね。結果的に3人の方が入部してくれました。多分1人ではこんな勇気は出せなかったと思います。先輩方が背中を押してくれたから動けたと思っています。このときの経験は、はじめて家族以外から応援されていることを感じた体験で私のベースになっているかもしれません。

仕事で大切なのは“今できることを、今やる”


―社会人になってはたらく中での苦労はありましたか

出産して仕事を探すときには地方ならではの大変さがありました。「子どもの預け先を決めてから面接を受けにきて」と言われたり、保育園を探すと「仕事を先に決めてください」と言われたり。理不尽だと感じることもありました。そんな経験を経てはたらき始めてからは、保育園の送り迎えや急な発熱など何が起きるかわからない日々の連続だったので、明日急に自分が休んでも業務が止まらないように、常に逆算をして仕事の段取りを組むことを意識していました。物流関連の会社ではたらいているときには、納品先ごとの細かい調整だけではなく、梱包や仕分け、トラックの手配までを納品日から逆算して組み立てました。緊張感があったからか、子育てをしながらはたらくようになってからは仕事中に眠くなることは一度も無くなり驚きました。


―三浦さんが派遣というはたらき方を選ぶ理由は何ですか

私が仕事を決めるときに重要視するのは、通勤や送り迎えなど生活と両立できる条件かどうかなので条件に合う仕事を選べるのが派遣のメリットです。特に地方の場合、選べる仕事の数も限られてきます。何社かはたらく中で環境が合わない職場もありましたが、派遣元にも相談できますし、待っているだけではなく自分でも情報収集をしながら、少しでも自分に合う環境が整っている職場を探すなど、そのときの状況に合わせて判断してきました。


―三浦さんは周囲からも信頼されているんだろうなと感じます

仕事をする中で意識してきたのは、できる限り一緒にはたらく方に対してフラットに接することと、指示を出す側が判断しやすい材料を準備・提案することを心がけていました。疑問があるときは些細なこともできる限りその都度確認するようにし、曖昧にしないように取り組んでいます。そして自分に余力がある場合や少し頑張れば大丈夫そうなときは、困っている人がいると手を挙げて、急ぎの業務を引き受けるようにしました。そういう仕事の仕方をしていると不思議なことに自分が困ったときには必ず周囲が手を差し伸べてくれました。

仕事を辞めて我が子と向き合った4年間


―三浦さんは一時的にお仕事を辞めた時期もあるんですよね

子どもが高校3年生の秋、受験を控えた時期に体調を崩し、原因が分からないまま病院に通う日々が続きました。ちょうどその頃、職場の人間関係にもストレスを感じていて、自分に心の余裕がない状態では乗り越えるのは難しいと感じました。そこで一度退職し、子どもと向き合う時間を大切にすることを選びました。


―その期間はどんな風に過ごしたんでしょうか

高校卒業後は、体調に合わせながら、家に籠りきりにならないようドライブに出かけたり、カフェに誘ったりして過ごしていました。大学進学については、無理にゴールを急がず、出願する年、大学の門まで行く年、試験会場の教室まで行く年と、段階を踏んで挑戦していきました。「受験できなくても、合格できなくても構わない」そう思いながら続けた結果、気付けば4年が経ち、下の子と同じタイミングで大学に入学することができました。

50代からの再出発


―現在は心機一転、東京での生活をスタートされていますね

50代を過ぎて、少し体調を崩したときに「このまま何もしないで終わるのは嫌だな」と思ったんです。人生もっと自由でいいはずだと。そんな気持ちになったのはちょうどコロナ禍の半年位前でした。不安もありましたが直感を信じて動きました。転居して2カ月後に新型コロナのニュースが流れ始め、企業の面接もストップしてしまいました。世の中が止まってしまって「今何が必要とされるだろう」と考えたときに、ネットスーパーをみんなが活用しているという情報を聞いて「これだ!」と思いすぐに応募してはたらきはじめました。

人生のタイトルは“まだ途中”


―これまでを振り返って人生にタイトルをつけるなら何でしょうか

“まだ途中”が答えですかね。人生の終わりが少しずつ見えてきますがまだ終わりではないので。これから先、後は何ができるだろうかと考えています。新しいことも今まで取り組んできたことをどう引き継ぐかも含め、まだワクワクした気持ちでいられていると思います。


―それは仕事も同じなんでしょうか

そうかもしれません。なぜできないんだろうと考えるよりも、他にできる方法はないか、どうやったらできるかを考えますね。1人で抱えるには重い業務があれば分担すればいいと思うんですよね。この部分はこの人が得意だなとか、これは自分が得意だなとか。


―これから先の展望や、やってみたいことはありますか

いつか竹細工を習って自分の手で何かを作りながらのんびり暮らしたいですね。人生はまだ途中なので最後は周りの人に「あの人面白かったね」と言ってもらえるように、自分がどうしたいのかを大切にしながら生きていきたいです。

編集後記

「はじめまして」の挨拶から始まった取材でしたが、はじめてお会いしたとは思えないほどの話しやすさと、初対面の方とも自然に打ち解けてしまう三浦さんの明るい雰囲気に、私はすぐに引き込まれてしまいました。仕事においては、相手が指示を出しやすいように先回りして提案し、誰に対してもフラットに接する。そんな心地よい“距離感”があるからこそどの職場でも必要とされる存在なんだなと感じました。取材当日はご自身で手編みされたマフラーを着用されており、楽しそうにお話してくださる様子を見ていると、仕事以外の趣味や楽しみを見つけるのも自分らしくはたらく秘訣なのかなと感じました。

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