わたしの生きる道

第68話 直前でやめると決めた 自社ビル購入

となれば当時は国保より政管健保の方が保険料が高かったからスタッフの負担が増える。それに派遣会社を替わるたびに、面倒な手続きをし直さなければならない。水田正道さんに意見を聞くと「スタッフがいやがって、他社に流れるんじゃないですか」と言ってきていた。

もうひとつの悩みは自社ビル購入問題だった。青山の本社ビルは手狭になっている。地価は「年率3割」の勢いで高騰し、銀行はいくらでも融資してくれる。「いま買わないでどうする」という雰囲気の中で、ある役員を中心に50億円のビルを買う話が不動産会社との間で進んでいた。

株式の公開も自社ビル購入も役員の進言だったが、成長のための投資と自分に言い聞かせた。ただ何かひっかかるものがあるのに「やめる」と決断する決定的な理由がみつからないのがもどかしい。

自社ビル問題は契約書に判子を押すだけというぎりぎりの段階で「買わない」と決めた。迷い続ける中で、身軽でなくなることへの不安を感じたからだった。担当の役員にそのことを告げ、不動産会社に同行を求めたが憤然とした表情で「先方に合わせる顔がない。行きません」と言う。

(日本経済新聞朝刊2013年6月24日掲載の『私の履歴書』より引用)