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【わたしの生きる道】
〜テンプスタッフ創業者の履歴書〜vol.69

公開中止の決断

公開中止の決断

仕方がないので私ひとりで断りに行った。「だから女はだめなんだ」「いまごろやめるで通ると思っているのか」と罵倒されたが、じっと頭を下げていた。

そして店頭公開準備はほぼ終わり、証券会社が我が社の株に予想市場価格を付けた。あとは1カ月後の公開を待つばかりとなった92年3月、私は「公開中止」を決断した。公開担当の役員は「はしごを外された」と怒り、口論になった。証券会社の幹部にも罵倒された。

しかし公開したら持ち株の多い社員に大金が入って浮足立つようなことにならないか。そのことも心配でならなかった。

ほどなくバブル経済の崩壊とともに地価は暴落した。あのとき自社ビルを買っていたら、我が社は窮地に陥っていただろう。株式を公開していれば、水田さんが言ったような事態を迎えていたと思う。優柔不断か熟慮の末か。どちらにしてもふたつの決断は正しかったと信じている。

地価が下がってから代々木にあったビルを買った。27億円だった。

(日本経済新聞朝刊2013年6月24日掲載の『私の履歴書』より引用)

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