わたしの生きる道

第67話 トップ追随のための株式公開

新卒1期生が入社してきた1990年、私は迷っていた。ひとつは前年の暮れに動き出した株式公開問題だった。会社の業績は伸びていたが、業界トップ企業との差は小さくない。

その差を縮め、トップの座を狙うためにも将来の上場を念頭に株式を公開すべきだ、という意見が役員の中から出てきた。私も「そうかもしれない」と思い、公開のための準備を始めることを了承した。

公認会計士、証券会社の担当者が頻繁に出入りし、担当セクションは膨大な資料づくりのために連日深夜まで作業を続けている。役員、社員は自社株を持っているから、公開されて高値がつけばちょっとしたお金が入る。「車を買うよ」「やっぱり海外旅行かな」といった会話があちこちで交わされるようになった。

ただ問題があった。そのころの登録スタッフは国民健康保険などそれぞれの立場に応じて何らかの社会保険に入っていたが、株式を公開すれば、全員が当社を雇用主として政府管掌健康保険に加入することが前提となる。

(日本経済新聞朝刊2013年6月24日掲載の『私の履歴書』より引用)