わたしの生きる道

第59話 初めての男性支店長誕生

私からあれこれ細かく言えば済んだかもしれないけれど、苦楽を共にしてきた彼女たちの方から変わってほしいと思っていた。私は苦くてつらい思案に沈み込み、その末にある決断をした。

我が社に水田正道さんという29歳の男性が出入りしていた。リクルート青山営業所で求人雑誌「とらばーゆ」の営業をしている。私が「1ページよ」と言った広告を勝手に2ページ出して請求してくることが何度もあったが、どこか憎めない。何よりバイタリティーにあふれていた。

そんな水田さんに88年の年明け早々、電話で「ちょっと来てくれない?」と言った。笑顔で現れた彼に広告を発注しながら「うちに来ない?」と水を向けてみたが、彼は「ご冗談を」と頭をかきながら帰っていった。

水田さんは社員の多くが若くして転職する社風の会社にいるし、派遣業界に関心を持っている感触もあった。しばらくして営業に来た彼に「この間の話、どう?」と聞くと「そこまで言ってくださるのならお世話になります」と頭を下げた。

ちょうど川崎に支店を出そうと思っていたので、水田さんに「支店長をやって」と言うと「わかりました」と答え、たった1人の部下を伴って赴任していった。

(日本経済新聞朝刊2013年6月21日掲載の『私の履歴書』より引用)