わたしの生きる道

第51話 依頼は絶対に断らない

いっときうな垂れても、電話口で「またいい会社を紹介してくださいね」といったスタッフの声を聞けば、自然と背筋が伸びて前を向けた。

私は始業1時間前の朝8時に出社した。お茶を飲む余裕もなくスタッフを求める電話が鳴り始める。9時になると6台の電話は鳴りやむことがない。それが励みになった。出社してコートを片方脱いだところで受話器を取った社員が、1時間もそのままの格好で応対するようなありさまだった。

受話器を肩と首の間に挟むグッズを買ってきた。あいた両手でどんなスキルを持った人材を求めているのか、期間はどれくらいなのかを聞いてメモする。もちろん私も社員と同じように電話を取った。

「絶対断らない」を信条としていた私は、社員が「難しいですね」などと答えようものなら、自分が電話中でも鉛筆で指さして「受けて」と叫んだ。武器のない戦場のような日々だった。

(日本経済新聞朝刊2013年6月18日掲載の『私の履歴書』より引用)