わたしの生きる道

第48話 経営の神様の声 「もうちょっと頑張りなはれ」

母は己拔(きばつ)兄から「欣子は何をやっているかわからない。もうお金を貸したらだめだよ」と言われていたから渋るしぐさを見せたが、最後は助けてくれた。母から都合してもらった当座の資金を懐にして会社に戻る電車のなかで「ごめんね」と心でわびた。

そんなとき喫茶店で会った友人に「もうやっていけないかもしれない。自信なくしちゃった」と言った。最初のチャレンジ精神も楽天的な見通しも消えようとしていた。

ある小さな会社を経営している友人は「石の上にも三年だよ。僕だって原付きバイクで顧客開拓に回って2週間で名刺を400枚も配ったけど、電話の1本もなかった」と励ましてくれた。

その言葉もありがたかったが、救いはいまのパナソニックを興した松下幸之助さんの本だった。深夜になると、当時借りていたアパートのベッドの中で松下さんの本を開く。すると行間から「もうちょっと頑張りなはれ」という「経営の神様」の声が聞こえるような気がして、涙がぽろぽろとこぼれた。

(日本経済新聞朝刊2013年6月17日掲載の『私の履歴書』より引用)