わたしの生きる道
第47話 なにがあっても スタッフへの支払いは遅らせられない
私は会社勤めの経験はあるが、お金の出し入れにかかわったことはない。だからスタッフの賃金を支払ってから顧客に請求書を出すという順番になることなど考えもせず、気楽なことに顧客から入った代金で賃金を払えばいいと思っていた。
お金が出てから次に入ってくるまで金庫は空っぽ。お金に追い回される怖さと苦労を初めて知った。留学時代のように節約で乗り切れる性質のものではなかったが、それでも服も買わず外食もせず、ぎりぎりまで切り詰めた。
どんなことがあってもスタッフへの支払いを遅らせるわけにはいかない。遅れればスタッフは離れていく。顧客とスタッフ双方からの信頼こそ会社の生命線だ。
そんな私が頼れる人は母しかなかった。事情を話して借金し、とりあえず給与の支払いを済ます。顧客から代金が入ると少し返してまた借りる。そんなことを繰り返した。
(日本経済新聞朝刊2013年6月17日掲載の『私の履歴書』より引用)