わたしの生きる道

第42話 スタッフ第1号

しかしそれは外資や日本の大手商社に限られたことで、終身雇用が揺るぎなかった日本の会社には理解してもらえない。「てんぷらスタッフ?」「いえテンポラリースタッフです。我が社は事務処理請負サービスの会社です」「ああ、芸者の置き屋みたいなものだね」という具合だった。

それとは違うけれど、お座敷がかかっても芸者さんがいないとどうにもならないのと同じで、会社に登録スタッフがいなければ仕事にならない。そこで会社設立から2週間後の6月6日、英字紙に「英文タイピスト求む」という小さな求人広告を出した。

それからほどなく会社の黒電話が鳴った。「求人広告を見た者ですが、そちらに行く道がわからなくて」「いまどこにいるんですか?」「六本木の公衆電話からかけてますが」「どの公衆電話?」「もういいです。帰ります」

スタッフ第1号になるかもしれない人を逃すわけにはいかない。サンダルをつっかけて飛び出した。

(日本経済新聞朝刊2013年6月15日掲載の『私の履歴書』より引用)