わたしの生きる道

第34話 帰国、そして就職

ロンドンの下宿先では家事を手伝うと家主の女性がわずかな小遣いをくれた。そうして節約に節約を重ねてきたが、いよいよ日本から持ってきたお金がなくなった。戻りたくはなかったけれど、帰国のときが迫っていた。

1971年春、ロンドンから羽田に向かう飛行機に乗った。ヨーロッパにやってきたのは2年前。手に入れかけた家庭生活はするりと逃げ、ぽっかりと開いた穴を埋めたい一心で日本を後にした。そして脇目もふらずに英語の勉強をしてきたのだが、これでよかったのだろうか。

飛行機が羽田に着いた。出発のときは母が空港まで見送りに来てくれたのに、その日迎えはなかった。重いトランクを抱えて電車を乗り継ぎ、横浜の家に戻った。まずは働き口を自力で探さなければならない。帰国後もラジオの英会話番組で勉強を続けながら職業安定所に通った。ほどなく英字紙の求人欄を通して、蒲田にあった「日本ワッカー」というドイツ系の土木建築用機械輸入会社に職を見つけた。

(日本経済新聞朝刊2013年6月13日掲載の『私の履歴書』より引用)