わたしの生きる道

第32話 穴があいたストッキングをかがって履いた

ある日、下宿の奥さんがフィッシュ・アンド・チップスをつくってくれた。衣をつけた白身の魚と刻んだジャガイモを揚げたもので、塩や酢をかけて食べる。英国の料理の評判は決していいとは言えない。でも食糧難の時代に育った私は、おなかがいっぱいになれば満足だった。

留学を思い立ったとき、華やかな外国生活を夢見ていたわけではない。しかし下宿と語学学校を往復するだけの毎日は味気ないものだった。

ボーンマスは英国南部だが、冬場は南からの海風が刺すように冷たい。部屋の暖炉はガス式で、コインを入れると決まった量のガスが流れる仕組みだった。節約のため火を消えそうなほど小さくし、日本から送ってもらった冬着を重ねて体を温めた。

穴があいたストッキングを、日本にいるときにしていたように糸でかがって履いていったら、クラスメートから「ヨシコのストッキングはファニーね」と笑われた。

若いクラスメートが笑顔で発した「ファニー」の音がちょっと高くて「面白いね」という言葉の裏に、無邪気なからかいの匂いがあった。

(日本経済新聞朝刊2013年6月12日掲載の『私の履歴書』より引用)