わたしの生きる道

第30話 行けば何とかなる

ホテルに着くと20時間の長旅の疲れがどっと出て、ベッドに倒れこんだまま丸1日眠り続けた。ホテルの従業員が心配して何度か電話をかけてきたが、目覚めるとさわやかな気分に包まれていた。

下宿先はフォルヒ通り沿いにあって、家主の音楽家夫妻が温かく迎えてくれた。その夫妻が1階、私が2階、3階には男性のカップルが住んでいた。

チューリヒの町は重厚な石造りの建物が軒を連ねている。それだけで外国に来たという実感がわいた。下宿の窓からはチューリヒ湖が見えた。深い緑色の湖面に白雪を頂いたアルプスの山容が映り、ヨットやモーターボートが行き交う。

夜になると色とりどりの電球で飾られた遊覧船が湖を巡った。34歳の私は日本の花電車を思い出していた。

だが英語を学ぼうとして入った語学学校はドイツ語専門だった。日本をたつとき「行けば何とかなる」と思っていたが、何ともならない。

(日本経済新聞朝刊2013年6月11日掲載の『私の履歴書』より引用)