わたしの生きる道

第23話 結婚、そして女の影

話を進めるしかないとなったら、兄が「仕方がないなあ」という顔をして段取りを整えてくれた。兄が探してきた東急二子玉川園駅に近い「柳屋」という旅館で挙式した。
新居は練馬の石神井公園に近い新築の戸建て住宅。不動産会社を経営する彼にとって、新築の家を用意するのはわけもないことだった。

私は近所で「奥さん」と呼ばれ、会社こそ小さいながら社長夫人だった。慣れない手で朝の味噌汁をつくり、晩のおかずも何品か食卓に並べた。彼は朝早く出かけ、夕方に帰ってくる。一緒にいる時間は限られていたのだが、妙な違和感が彼の回りに漂って消えない。

ときどき誰からか電話がかかってきて、足を忍ばせるように出て行くことがあった。「女の影」とは、こういうものをいうのだろうか。

(日本経済新聞朝刊2013年6月8日掲載の『私の履歴書』より引用)