わたしの生きる道

第22話 二度目の寿退社

東洋電業での秘書の仕事は私の身の丈に合っていたらしい。平穏な日々が過ぎていく。そして気がつくと26歳になっていた。当時の常識では婚期を逃すかどうかぎりぎりの年齢を迎えている。

あれから縁談めいた話もなく「このまま独りで生きていくことになるのだろうか」という思いがよぎることもあった。そこに知人の紹介で9歳上の男性が現れた。

不動産会社の社長で、いかにもやり手という印象だった。最初はごく普通に、やがて強引に私をたぐり寄せるようになった。「結婚してくれ」と言われ、半ば覚悟していた私はうなずいた。

父親代わりの己拔(きばつ)兄が彼と会った。1度しか会わなかったのに、兄は「あの男は信用できない。結婚には絶対反対だ」と言う。態度。話し方。いわゆる人となりに不審な点が多いと兄は感じた。

でも彼を信じていた私は「大丈夫だから心配しないで」と譲らなかった。年上の男性に父親を感じる心理が、またしても動いていたのかもしれない。私の性格を知っている兄は、やがて説得を諦めた。

こうして会社の上司や同僚から「幸せになれよ」「おめでとう」と祝福されながら、東洋電業を退社した。2度目の寿退社だった。

(日本経済新聞朝刊2013年6月8日掲載の『私の履歴書』より引用)