わたしの生きる道

第19話 婚約破棄

結婚式の日取りや式場が決まっていたわけではなかったけれど、婚約はしていた。なのに彼のお兄さんは「話はなかったことに」と言う。ほかの男の人とお茶を飲んだりしていたのは全く他意のないことで、結婚話に響くなどとは考えてもいなかった。

私がもう少し大人だったらお兄さんにそう答えられたろうし、彼と結婚したいと思っていることも言葉と態度で示すことができたろう。しかしあのときは頭の中が真っ白になって、足もがくがくと震えて止まらなかった。気がつくと家に戻っていた。どうやって電車に乗ったのかも覚えていない。

突然の破談。その裏の告げ口。私に恥じるところはなかったが、脇が甘かったと言われればそれまでだ。

心が深く傷ついた。私が結婚のために退社することを知った同僚の中に、悪意を隠して「欣子さんは何人もの男と付き合っていますよ」などとお兄さんの耳元でささやいた人がいたとは。身もだえするような悲しさに襲われ、声を殺して泣いた。

(日本経済新聞朝刊2013年6月7日掲載の『私の履歴書』より引用)