わたしの生きる道

第4話 おなかいっぱいご飯を食べたい

私の小学生のころはずっと戦争の時代だった。農家ではなかったから、父が亡くなったのを境にして、次第に食卓が寂しくなっていった。

農家造りの家の庭で6、7羽の鶏とヤギとウサギを飼っていた。鶏小屋の前に座っていると、めんどりがちょっとお尻を下ろすようにして小さく鳴く。卵を産んだときのしぐさだ。まだ温かい卵を手に取って「うまれたよー」と母のところに持っていくと卵かけご飯が食べられた。ヤギの乳もおいしかった。

でも普段はご飯茶わんの底にサツマイモが混じった雑炊が少しあるだけだった。サツマイモは2人の兄が庭に作った畑で育てたものだ。ある日、母に「1度でいいからおなかいっぱいご飯を食べたい」と大きな声で言った。母が何と答えたか覚えていないけれど、きっと切なかったろう。

(日本経済新聞朝刊2013年6月2日掲載の『私の履歴書』より引用)