わたしの生きる道

第71話 とにかくスタッフを守り抜くこと

我が社のスタッフ情報が流出しているのは間違いない。もしそれが拡散したら若い女性スタッフにいたずら電話やストーカー被害などの危険が及ぶ。いやスタッフが離れて会社が潰れるかもしれない。顔から血の気が引き「あーあーあー、なんてこと」と叫んでいた。水田さんの膝も小刻みに震えている。

24日未明、本社近くのビルの一室に緊急対策本部を立ち上げた。緊張して居並ぶ20人ほどの管理職に、私は「最初にして最大の会社の危機です。いまはともかく、スタッフさんを守り抜いてください」と言った。

対策本部で手分けしてネット上のホームページ(HP)をしらみつぶしに調べたところ「9万人分の女性リストを提供します」という会員制HPが見つかり、サーバーをたどっていったら主宰者の住所と名前が判明した。その夜、水田さんとシステム担当社員が主宰者の家の前で待っていると、普通のサラリーマンらしい若い男性が帰ってきた。当時は個人情報保護法がなく、電気以外の無体物は持ち出しても罪を問えなかったが、影響の大きさを訴えると男性はあっさりHPの閉鎖を受け入れ、システム担当社員がその場で閉鎖した。「ところでこのリストをどこから入手したんですか?」「1万円の入会金代わりにもらったんです」。たった1万円でこんな大事なものを?

(日本経済新聞朝刊2013年6月25日掲載の『私の履歴書』より引用)