わたしの生きる道

第39話 日本社会に埋もれるのが怖い

シドニーに1年半いて戻った日本は、やはり懐かしかった。低い木造住宅の群れ、商店街の人混み、小学生が背負うランドセルまで見ていて楽しい。しばらくは生まれ育った国の匂いにひたっていた。だがいつまでもそんなことをしてはいられない。

求人広告を見ていくつかの会社に応募した。「英文タイプが打てます」と言うと就職には有利で、景気も良かったからすぐに内定をもらったのだが、なぜか就職する気にならない。面接で訪ねて行った会社は職種が違っていても、そこにいる男性社員は申し合わせたように黒っぽい背広姿ばかりだ。

ふとシドニーで働いていた会社と比較している自分に気づいた。日本の会社では相変わらず女性は事務服を着て男性の補助。男も女も以前と少しも変わっていない。シドニーで伸び伸びと働く経験をした私は、そんなところに埋もれてしまうのが怖かった。

申し訳ないと思いながら、内定をくれた会社には丁重にお断りを入れた。

(日本経済新聞朝刊2013年6月14日掲載の『私の履歴書』より引用)