わたしの生きる道

第74話 私も不安にさいなまれていた

社員が懸命に謝りながら説明するのだが、自分の住所、氏名、生年月日、電話番号を見ず知らずの人物に知られているかもしれないというスタッフの不安の解消にはつながらない。電話のやり取りに関する報告に、私の胸はきりきりと痛んだ。

各地の営業拠点にいる社員にはスタッフの親からも電話がかかってくる。罵声も届く。一途に不安を訴える声をじっと聞かなければならない。それが毎日繰り返される。対策本部には、長くつらい仕事に耐えられず「もうできません」と泣きながら電話をかけてくる社員もいた。

そのうち「リストを持っているんだけど、どうしたらいいの?」というような電話が入るようになった。ゆすりたかりのたぐいだ。「おれを雇ったらすぐに解決してやる」というものもあったが、対策本部の社員たちは丁寧に、そして毅然と対応した。

ただスタッフの不安解消は急務だった。万一に備え会社で防犯ブザーを買い込んで、希望するスタッフに貸し出した。もしまだ消去されていないリストがどこかにあって、それが原因でスタッフに不測の事態でも起きたら取り返しがつかない。私も不安にさいなまれていた。

(日本経済新聞朝刊2013年6月26日掲載の『私の履歴書』より引用)