これは、派遣社員である赤西さん(仮名)のお話です。

赤西さんは約20年、数多くの雑誌や書籍に携わってきた「フリーランスの編集・ライター」です。個人事務所を設けてアシスタントも抱え、国内外を飛び回りながら多忙な日々を送ってきたといいます。

そんな赤西さんが、現在なぜ派遣社員として働いているのか。その背景には、想像もつかないような壮絶な家庭の事情がありました。それらを詳しく伺っていきます。

赤西さんは派遣になる前は、フリーランス編集者ということですが、昔からずっとですか?

最初はメーカーに勤務していたんですけど、マスコミに行きたかったこともあって、メーカーを辞めて出版社に転職しました。

ちなみに、どこの出版社ですか?

会社名は伏せていただきたいのですが、ここです(手元の紙に社名を書く)。

え! 超がつくほど有名な出版社ですね……

そこで新しく創刊する雑誌の編集部に入って、創刊後もずっと制作を担当していたんですが、6年ほどでその雑誌の休刊が決まって。そのタイミングで今の夫から「フリーランスで自分の好きな仕事だけ受けるようにしてみたら?」と言われて、ちょうど結婚の話も出ていたときだったので「転機かも」と思って、会社を辞めたんです。

国内外を飛び回る、超多忙なフリーランス編集者

大手出版社で6年もやったら、フリーでもやっていけそうかな、と?

いえいえ。自信はまったくなかったですけど、ありがたいことにすぐに次々とお声がけをいただいて。フリーランスの編集・ライターとしていろんな雑誌に携わらせていただきましたね。

具体的に何社くらいから、どんなお仕事の依頼があったんでしょうか。

お仕事をいただいていた出版社や企業は10社ほどですかね。ジャンルとしても、男性誌・女性誌・情報誌・教育誌・子ども向け雑誌・企業冊子・書籍に至るまで、あらゆる出版物を担当させていただきました。

まさに「引く手あまた」ですね。

フリーランスにとっては本当にありがたいことでした。手が回らないので、マンションの一部屋を借りて事務所にして、アシスタントも雇うようになりましたね。ロケの仕事も多くて国内外さまざまな場所に取材で行くようにもなって。ほぼ毎月、新幹線か飛行機に乗っているような状況でした。

めちゃくちゃ忙しいじゃないですか。

まあ、忙しいのは出版社時代から変わってなくて。特にフリーランスは「一度受けた仕事はやりきるのが当たり前」と思っていたので、休みもなければ、徹夜が続くなんてこともザラにありました。でも、お仕事をいただけることはありがたいことですし、決して苦ではなくて、楽しく働いていましたね。

すごく儲かってもいたでしょうし、順風満帆だったんですね。

いえいえ。貯蓄は、ほぼゼロでした。

え?

父が倒れ、多額の借金が発覚

父が銀座でダイニングバーを経営していたんです。銀座のお店って、企業が利用することも多いんですけど、バブルの崩壊やリーマンショックの影響で売り上げは落ちる一方で……

そうか、企業の利用が減りそうですよね。

ええ、それで赤字続きになってしまって、あるときから金銭的に援助するようになっていきました。

稼いだお金で、お父様への資金援助を。

はい。そうしながら、フリーランスとして15年くらいやっていた2011年ごろに、その父が脳梗塞で倒れたんです。

あららら。大丈夫だったんですか?

なんとか一命は取り留めるんですけど、倒れた時に父が借金をしていたことも分かって。

金銭的に援助していたのに、それ以上に借金をしていたわけですか。

そう、父は会話もできない状態だったので、意味が分からなかったですね。

た、大変…… ちなみに借金の額って。

1億は超えていました。

1億……!

弁護士に相談して実家を売却したり、事務所を引き払ったりしましたが、全然足りませんでした。だから、仕事を増やして必死に働きましたね。父の介護もしながら。

介護もしながら仕事も増やして…… ちなみにお母様は?

母はお嬢様育ちの人なので、あまり雑務的なことができないんです。お金のことも分からないし。私は1人っ子だし、自分でやらざるを得ない状況でした。

それはなんとも……

次々と襲い掛かる災難に、「働き方」の限界が

そこから父がリハビリで回復しまして。片言で喋れるようになったので、銀座のお店も閉店させて売却しました。それで借金はほぼなくなり、完済の目途もたったんですが、それから1年半後、父がまた脳出血を起こして倒れたんです。

ああ……

また一命は取り留めるんですが、その2年後には今度は母が肺がんに。

ううう、次々と大変な状況が…… お仕事はどうされたんですか?

変わらず続けていました。なので、そんな両親が大変な状況のときでも、取材で出張に行く予定が入っていたりするわけです。

あ、「フリーランスは一度受けた仕事はやりきるのが当たり前と思っていた」って仰ってましたもんね……

はい。でも、家族の命が危険なときに「仕事だから」と出張に行かなければいけない状況は、さすがに辛くて。「本当にこれでいいの?」って自問自答していました。

実際にそういう場面があったんですか。

入院中の父の容体が急変して、主治医に「ここから3日が山ですね、病院に泊まりますか?」って言われたとき、国内ですが3日間の出張が入っていたんです。私が「明日から出張なんで…」って言ったら、一緒にいた母がその場で「あなたがいない間に何かあったら私はどうしたらいいの……」ってボロボロ泣いちゃって。

ううう…… なんとも。

そのときは、出張を途中で変わってくれるという方がいたのでその人に引継ぎ、父も山を乗り越えて一命は取り留めました。でも、「しばらくは出張取材の仕事は難しいな……」と思ったんですよね。

「この働き方はいよいよ限界だぞ」と。それで、フリーランスをやめようと?

いえ、フリーランスをやめることは考えていませんでした。ただ、自分はすごく運がよかったことに、今まで自ら営業活動をしたことがなくて。編集とかライターの仕事に関しては、人づてでお仕事をもらい続けて20年以上きたので『仕事を探す』という動きをしたことがなかったので。

それで、どうされたんですか?

派遣とフリーランスを組み合わせながら働く

まずは世の中にどういった仕事があるか調べてみようと「編集 ライター」で検索して探してみたんです。それで何となくお仕事サイトみたいなところをクリックしたら良さそうな仕事が載っていたので、簡単な情報を入力したんですけど。

どうなりました?

そうしたら電話が掛かってきて、「テンプスタッフです」って言われたんです。「は?」って困惑しましたね。テンプスタッフって聞いたことはあるけれどよく知らないし、私はテンプスタッフに応募したつもりもなかったので……

そうか、その会社名が書いてあったところに行くつもりだったと。

そうなんです。お仕事を紹介しているサイトのことや派遣の仕組みをまったく分かってなかったんです。だから、めちゃくちゃ怪しみながらオフィスに行って(笑) そうしたら、お会いしたコーディネーターの方がめちゃくちゃいい人で。それで「この人だったら信用できるかな」と思って登録をしたんです。

そこから派遣の仕事がはじまっていくわけですね。

ええ。はじめは不安もありましたけど。

何が不安だったんですか?

毎日、早起きして満員電車に乗って通えるかが不安で(笑)

フリーランスのお仕事では、徹夜とかしてましたもんね。

そう。そうしたらコーディネーターの方が「じゃあ、まずは短期のお仕事でやってみませんか」って言ってくださって、実際に短期で朝10時出勤、乗り換えなしで行ける会社を紹介してくれて。それで、大手広告代理店で雑誌の別冊を作る仕事をしたり、進行管理のお仕事をしたり。

そこからは派遣のお仕事だけですか?

いえ、並行してフリーランスの仕事もしていました。

短期の派遣とフリーランスの仕事を組み合わせながら進めていったんですね。

そうなんです。就業時間の決まっている派遣の仕事と、それ以外の時間でフリーランスの仕事をしていました。そうこうしているうちに、父の借金も完済しまして。

すごい! あの借金を……

働き方の1つとして派遣があって良かった

そうこうするうちに通勤にも慣れてきたので、2018年から長期の派遣のお仕事もさせてもらうようになって。企業のオウンドメディアの編集・ライティングをさせていただいています。

お父様の容体はどうだったんですか?

父はずっと入院していましたけど徐々に弱っていった感じで、2019年に亡くなりましたね。

そうでしたか。それはお悔やみ申し上げます。

でも、派遣で働いていて良かったなと思ったのが、父が亡くなった後、有給休暇を使って1週間お休みさせてもらえたんです。これってフリーランスの感覚だと考えられなくて。

確かに、以前の働き方だと無理ですよね。

休みが取れて、母と一緒に父をゆっくり見送ることができたのはすごく大きかったですね。

今はその長期の派遣のお仕事を続けている感じですか?

そうです。今も平行してフリーランスの編集やライターを含む副業もいくつかやっています。

またフリーランスのほうに注力していくんでしょうか。

いえ、母もずいぶん弱ってきていて、身の回りの世話が多少なり必要な状況なので、年中出張などで飛び回るのはまだリスクが高いと考えています。だから、いざというときに仕事を休める働き方をしていたいな、と。

では、今後も派遣を続けていこう、と。

はい、今はそう考えています。ただ、これまでは一般企業での働き方に慣れていなかったんですけど、徐々に慣れてきたので、この年齢でも雇ってくださる会社があるなら正社員として働いてみたいな、とも思っています。転職活動はしていないですけど。

なるほど、赤西さんほどの実績があれば正社員も可能ではないでしょうか。

まあ、フリーランスでの私の実績なんて、正社員への転職活動ではなんの強みにもならないと思いますけども(笑)  ただ、次の働き方を考えたとき、これまで選択肢になかった正社員という働き方が頭に浮かぶようになったという感じです。

そうか。赤西さんにとっては、正社員も派遣も、あくまで「選択肢の1つ」という感じですかね?

そうですね。正社員、フリーランス、派遣――、どれも働き方の1つだと思っています。どの働き方も一長一短はありますから。

確かに。ライフステージも変わりますしね。

はい。私は、その時々で「何を大切にするのか」を考えて、「ライフステージに一番合った働き方」を可能な限り自分の意思で選んで、周囲に感謝しながら仕事を楽しんでいきたいと思っています。年齢が上がれば働き方の選択肢もそれだけ狭まりますが、「後悔をしないような選択をして、働き続けたいな」って、いつも思っていますね。

ありがとうございます。赤西さんの今後の活躍も期待しております!